きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.10.9 八方池




2008.11.3(月)


 都内在住の女性お二人をお連れして、静岡県小山町・冨士霊園にある「文学者の墓」に行ってきました。お一人はご主人ともども日本文藝家協会会員で、すでにお墓を買ってあります。それを一度見ておきたいと以前から言われていましたので、今日の日取りとなったものです。

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 あまり良い写真がなくてすみません。私のメタボな写真で我慢してください。背景の墓の状態をご覧いただければと思います。一人分の幅が20cmほどでしょうか、名前と代表作品名が彫られているだけのものです。それが現在は500名ぐらいですかね、壮観です。私も日本文藝家協会の会員ですから、この墓を買う権利はありますけど、まだ買っていません。代表作品と呼べるほどのものをまだ書いていないという気持ちもありますしね。
 紅葉の時期は過ぎて、中途半端な日ですが、墓から見える金時山は雄大です。少し下ると富士山も見えてなかなかのロケーション。桜の壮大な並木も一見の価値はありましょう。文学に携わる人には一度訪れてほしい場所です。




太原千佳子氏詩集『いい日を摘む』
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2008.11.5 東京都千代田区 砂子屋書房刊 2500円+税

<目次>
T
流星の夜 12                ふたつの海 16
百合の四つ角 18              坂 22
池 26                   羽虫の言い分 30
影の早足 32                雨夜のスニーカー 34
英雄 38                  いぬ いぬる 40
いい日を摘む 42              アマリリス方陣 44
離陸 46
U
カーディフ初見 50             中庭 54
顔をあげる 58               カモメの街 62
ウェストミンスター寺院 66         雲のなかのオオカミ 70
V
鳩胸 74                  水路 76
安全 80                  ただの旅人でいる 82
アジアの朝 84
W
目的地まで 90               部屋が決まった 92
木のおんな 94               アーティスト・ライセンス 98
読点の駅 102
.               カナダの朝 106
マルフリートの朝 110
.           トーマスの朝 114
チェック・アウトの朝 118
後記 123
.                 装本・倉本 修




 英雄

車に犬を乗せて
夏の高原を走っていると
向こうから乗馬学校の生徒たちが
列を整えた馬の足並に
揺られながらやってきた

犬は一声吠えて耳を立て
尖った岩の頭が
水中から突き出るように
窓からのり出す

先頭の馬が前足を浮かせ
堰き止められた水の格好で
立ち上がり
後方の列が大きな皺になってひるむ

私は勢いづく煽動者の瞼を手で塞ぐ
馬上の人は
馬の首を軽く叩いて落ち着かせ
長い流れを立て直す

無事にすれ違うまでの
おお こんなに大きくて
磨き上げられた体制を
一声で乱した英雄が
私の手の下でもがいている

 〈一声吠え〉られて乱れる〈列を整えた馬〉の観察が見事な作品だと思います。〈堰き止められた水の格好で/立ち上がり/後方の列が大きな皺になってひるむ〉と書かれると、まるで自分がその場に居合わせたような錯覚に捉われました。言葉の力を感じます。〈犬〉を〈こんなに大きくて/磨き上げられた体制を/一声で乱した英雄〉とした最終連も見事です。
 タイトルポエムの
「いい日を摘む」はすでに拙HPで紹介しています。どんな詩かは、ハイパーリンクを張っておきましたのでご覧になってください。こちらも佳い詩です。ただ、内容とタイトルの関係がちょっと分からないところがありました。その回答≠ェ本詩集の「後記」にありましたので、それも紹介しておきます。
 〔なお、詩集のタイトルは、オランダの詩人ケース・ブディングの作品を訳したときに覚えたイディオム。少し意訳だけれど、気分が落ち込むときに思い出したいと思いながら、そういうときはなかなか思い出せない。せめて詩集のタイトルにしておこうと思った。〕
 合わせて太原千佳子詩の世界をお愉しみください。




詩誌『游』15号
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2008.11.10 東京都三鷹市
藤井慶子氏発行 非売品

<目次>

余韻・他        藤井 慶子 2    霧深深・他       佐久間郁子 6
しなの木・他      風 ちはこ 10    「後期高齢者」−考−・他 深山 ゆみ 14
ねんきん特別便・他   北谷 祐子 18    トマトとなすびの苗・他 小川 淳子 22
エッセイ
八ヶ岳薪能       藤井 慶子 26    母の帽子 父の帽子   佐久間郁子 28
ひと夏のできごと    深山 ゆみ 30    流氷クルージング    北谷 祐子 32
三光鳥をさがしに・他  小川 淳子 34    鳩時計         藤  嶺香 36
游子
                38
一年のあゆみ・あとがき       40         表紙・カット 藤井 慶子




 
春愁/佐久間郁子

いつも鎮ります
ほの暗い本堂から
目を射るライトの中を
お旅立ち

光背がとりはずされて
初めてまみえる後姿

前身にまして
背中は女人のような豊満さ
蠱惑的に首を傾けて
日光菩薩

あふれる慈愛
背筋は嫋やかな弧を描き
衆生済度に眼を向けられて
月光菩薩

この混沌の世に
迷う人たちを
縵網
(まんもう)のある指で
すくってください

一人鎮座される薬師如来を
貫主が白い布で拭われる
見交す目と目に
かすかに光るもの

   縵綱
(まんもう)…仏像の指の間にあるみずかき様のもの

 東京国立博物館で開催された薬師寺展は私も観に行きましたので、この作品の言わんとするところがよく分かります。しかし、紹介したほどの詩作品は書けませんでした。日本語の魅力を改めて感じさせる詩だと思います。
 浅学で意味をきちんと把握できなかった言葉について調べてみました。〈蠱惑〉はこわく≠ニ読み、人の心を引きつけまどわすこと。女が色香で男をまどわすこと≠ニありました。一見、悪い意味で採られがちですが、ここではそうでないと思います。〈嫋やか〉はたおやか≠ニ読み、「たわむ(撓)」の「たわ」と同源で、姿・形・動作がしなやかでやさしいさま。たわやか≠ニありました。〈日光菩薩〉〈月光菩薩〉の立ち姿を言葉で表すのに、なんと適切な表現なのだろうと感じ入ってしまいました。日本語の奥深さを知らしめた作品だと思いました。




詩とエッセイ『斜塔』26号
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2008.7 東京都三鷹市
花かいどう・関すみえ氏発行 1000円

<目次>     ■詩■                  □エッセイ□
広 瀬   弓  光の輪の中に・4 斜光・6 林の骨・8  水の便り・52
         箸たて・10 雨あがり・11
藤 井 慶 子  ふりしきる秋・12 花いかだ・14      京の紅しだれ・54
         青いバラ・16 風の眼・18
山 本 和 子  私が消えた・20 引き潮・22 老い・24   四川省で出会った人たち・56
         二月の朝・26
関   すみえ  方程式・28 あかぎれ・30 蝶番・31    侵入者・58
         さくらの舞い・32 ほとぼり・34
かどかみむつこ  見張り・36 ひまわりの花束・38      証が消えるまで・60
         かたち・39 流れ模様・46 トンボ・42
進 藤 喜美代  幽愁・44 桜・46 荒海・48 誕生・50   黙ってはいられない・62




 
青いバラ/藤井慶子

青いバラから
海鳴りの音が聞こえる
海が呼んでいる

青い花びらは
ある日 次々と
空の高みに吸い込まれていった
はなやかな
青のレジスタンス

ないものねだりの
人間が作った
遺伝子組み換えの
青いバラ

かつては
「あり得ない物」
の代名詞でもあった
青いバラ
かさなる花びらの奥
孤独の影がちらつく

もしも
遺伝子操作で
青い桜を 誕生させたら
青い空は いっせいに
抵抗の のろしをあげるだろうか
そんな予感におそわれて

眼の前の
冬陽にほほえむ
ピンクのばら
限りなく
いとおしく

 ひところ話題になった〈青いバラ〉へ寄せる思いを描いた作品ですが、〈青のレジスタンス〉、〈孤独の影〉と捉えたところが見事だと思います。これから先、人間は〈青い桜を 誕生させ〉るかもしれず、そのとき〈青い空は いっせいに/抵抗の のろしをあげるだろうか〉もしれませんね。最終連では、自然に育った〈眼の前の/冬陽にほほえむ/ピンクのばら〉を〈限りなく/いとおし〉む姿が描かれ、作品を締めると同時にホッとした思いに誘われます。〈かつては/「あり得ない物」/の代名詞でもあった/青いバラ〉を通して、人間そのものをも考えさせる佳品だと思いました。



   
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