きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.10.9 八方池 |
2008.11.12(水)
特に外出予定のない日。終日いただいた本を読んで過ごしました。
○冨長覚梁氏詩集『庭、深む』 |
2008.11.10 東京都千代田区 花神社刊 1800円+税 |
<目次>
T
雪の原野 8 庭、深む 12 秋の朝 16
春の渚 20 朝餉 24 夏の夜のデザート 28
五つの岬 34 月夜の団栗 38 大きなドラマ 42
奥地に立つ 46 貧乏 50 石で石をうつ 54
葦を刈る 58 浅い春 62
U
夜の河 66 この夜 70 うるわしき死 74
死者の顔 78 虹 82 優しい顔たち 86
暖炉 90 奥山の宴 94 無明の湖 98
野辺の肖像たち 102
庭、深む
朝はやくから寡黙に透んだ時間を
風のような声で
微細に切り取っていた雀の群れ
何を感じとったのか
雀たちがにわかに消えてしまったわたしの庭
垂れ下がった枝の石榴の実を
のぞいてみると
そこは充ち足りた世界であっても
やがてパラパラと落ちていくものたちの
沈着に話しをかわす声が
真っ赤になってわきたっていた
数日たって
この小さくも大きな宇宙の
かかえていてかかえきれなくなった
大夕焼けの夕立ち
石榴の悲しいまでに美しい終演
パラパラパラパラ ハラハラハラハラ
あらゆるものへの訣別の音
ハラハラハラハラ パラパラパラパラ
あらゆるものからの解脱の響き
まだわたしには解らない
やがて 闇の底まで落ちてゆく
石榴の種子たちが
あれほどまでに明るく
ゆったりと身をなげだしていたのが
しかも温もりの表情をしていたのが
わたしの夕焼けが 空しく象(かたど)られていくのを
慈しみ見ている影が 庭に立っている
2冊の詩画集含むと13冊目となる7年ぶりの詩集です。ここではタイトルポエムを紹介してみました。〈わたしの庭〉から〈わかに消えてしまった〉〈雀たち〉や、〈石榴の実〉の中の〈充ち足りた世界〉を軸に〈この小さくも大きな宇宙〉を描いた静謐な作品だと思います。〈石榴の悲しいまでに美しい終演〉と〈わたしの夕焼け〉が人間の根源を考えさせる佳品と云えましょう。
本詩集巻頭の「雪の原野」はすでに拙HPで紹介していました。初出は「真っ白な便り」というタイトルで、一部改稿されていますがハイパーリンクを張っておきました。合わせて冨長覚梁詩の世界をご鑑賞ください。
○詩誌『錨地』50号記念合同詩集 |
2008.10.31 北海道苫小牧市 入谷寿一氏方・錨地詩会発行 1000円 |
<目次>
〔寄稿〕
原子 修 メタファの氷った花びら…1 萩原 貢 海辺のカフェで………………3
谷崎 眞澄 思い描けない指……………5 斉藤 征義 ナメクジウオの木……………9
〔同人作品〕
入谷 寿一 チカエップ川 鵡川の女船頭 血の沼 十勝川…………………………………………11
新井 章夫 わが縄文・序章………………………………………………………………………………21
浅野 初子 現実 認知 癖字 写真……………………………………………………………………31
あさの 蒼 三日月 まほろば 姫 バラ………………………………………………………………39
岩城 英志 勇払にて 膝小僧 パチ公…………………………………………………………………45
菊谷芙美子 無言 黄色の花束 手紙 沈黙……………………………………………………………53
斉藤 芳枝 本音 夢を覗く恐竜 希望 読経 幻 理由……………………………………………61
笹原実穂子 二十年目のウィンドウ 白い辛夷 かぐや 予言 琵琶・小樽………………………71
サワダヒカル 八月 ユキノウタ 納戸部屋ブルース 春の風のように……………………………83
関 知恵子 しろつめ草幻想 訃報 蜘蛛の食欲 動物園……………………………………………91
中原 順子 風・ライラック 咲き終えて 空への手紙 匙…………………………………………99
宮脇 惇子 る≠フ字の母 訪ねくる友 なにごともなく 無為の約束 スローグッバイU…107
山岸 久 遠い夏の日 因果 作品37 ひとすじの光 作品26 湿地 剃刀 作品29…………117
山田幸一郎 ポリープ 死んではいられない ボタ山 群れ…………………………………………127
年譜『錨地』五〇号までの歩み…………135. 同人名簿………………………………………138
あとがき……………………………………139
表紙によせて………………工藤裕司……141. カット…………坂井伸一・工藤裕司
チカエップ川/入谷寿一
家の前をチカエップ川が流れていた
田に水を流すために堰が設けられ のり越えた水が
小さな滝となって ほとばしり 落ちていた
その下で 肺結核のイサミちゃんが 幼児の私と
連れ立って魚を釣っていた
イサミちゃんが小魚を釣り上げ
そのまま川に放そうとすると
私が叫ぶ
イサミちゃんは母にこぼす
寿ん坊に参るよ ねえさん
小魚を川に放そうとすると
投げるな 投げるなと喚くのさ
それでも連れてってくれる
陽に晒され 赤焦げした麦藁帽を被り
無心に釣り糸を垂れているイサミちゃんの脇に
小さな私は ちょこんと座っている
流れの音に身を浸し
葦原で啼いているコヨシキリの歌に耳を澄ます
ピピピピョピョピョ
ピピピピョピョピョ
間もなくイサミちゃんは寝たきりとなり
わが家で静かに息を引きとった
柩は 野焼きの薪や石油缶と共に 馬車に乗せられた
イサミちゃんは すらりとしたイイ男で 結婚したが
なぜか女体に指一本触れなかった
一週間後 新婦は実家に逃げ帰った
イサミちゃんは働き者で 家の借金を返すため
父と一緒に 朝早くから夜遅くまで
木材運搬の馬車追いをして稼いだ
無理がたたって病気になった
葬列はチカエップ川縁の道を上っていく
夏嵐が 水田に青い穂波を立て 葦原を吹き抜け
コヨシキリの歌が響きわたる
ピリッピリッチャッチャッ
ピリッピリッチャッチャッ
※チカエップ川=厚真川の支流。厚真町字桜丘(旧名 近悦府)を流れる。
1982年創刊の『錨地』誌の50号記念合同詩集です。おめでとうございます。26年間で50冊ですから、年2回の刊行を守り続けたことになり、その継続に敬意を表します。ここでは創刊から代表を務める入谷寿一氏の作品を紹介してみました。〔同人作品〕の巻頭作でもあります。おそらく戦争前の情景でしょうか。〈イサミちゃん〉という人間像がよく描けていると思います。〈コヨシキリの歌〉も北海道らしい風景を感じさせますね。『錨地』誌が今後ますますご発展しますことを祈念しています。
○個人誌『Moderato』30号 |
2008.11.25 和歌山県和歌山市 出発社・岡崎葉氏発行 年間購読料1000円 |
<目次>
●特集 和歌山の詩・詩人達・そして戦争体験… 〈インタビュー〉山田博
●Moderatoの歩み
●詩作品 平野裕子 吉川彩子 いちかわかずみ 羽室よし子 大原勝人 岡崎葉
●気になる詩人・気になる仕事 20+6 斎藤恵子
●詩合わせ 冨長覚梁 岡崎葉
●連載エッセイ29 山田博
●カンタータ20 名古きよえ
●本自慢
アルバム/岡崎
葉
春の陽射しにつつまれて
菜の花畑がつづいていた むかし
風に髪をなびかせながら
セピア色の写真に映った人は
愉しげに笑って
この星の神秘のような
懐かしい人
小さなこころに
一枚の記憶を焼きつけたまま
幼年のアルバムに閉じられた人
霞んでいく記憶を取り戻そうとすれば
そこだけがまぶしすぎて
頁をめくれない
「詩合わせ」として冨長覚梁氏の「朧月夜の構図」という作品と対になっていましたが、「朧月夜の構図」の中の〈菜の花畑〉を受けて書かれたようです。単独の作品としても充分通用するように思います。〈幼年のアルバムに閉じられた人〉というフレーズが印象的で、それを受けた最終連の〈そこだけがまぶしすぎて/頁をめくれない〉がよく効いています。こういう思いは誰もが持っているでしょうが作品として描くには難しく、それだけにこの最終行は見事だと思いました。
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