きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.11.3 足柄峠より箱根・大涌谷を臨んで




2009.11.1(日)


 11月の第1日目。今日もある詩友から寄せられた手紙を紹介します。私と同年生まれの男性です。最近、私が書いたエッセイ3点について短い感想が述べられていました。

詩誌『回游』「嘘つきは詩人の始まり」
 すばらしく心に響きました。村山さんを全く知らない詩友(近所の女性)も感嘆しておりました。
月刊誌『詩と思想』「他人の死で得る生とは?」
 はっきりいって、机上でひねっただけのくだらぬ文章。身についていない(ごめんなさい)。
日本詩人クラブ機関誌『詩界』「オンラインもオフラインも」
 実用文として良く理解できました。お役目ご苦労さまでした。

 この中で驚いたのは2番目です。『詩と思想』の編集部や読者の皆さまには申し訳ないのですが、まったく〈机上でひねっただけ〉の文章なのです。もちろんそれなりに調べもしましたし、脳死状態になった父親を持つ、部下だった女性のことも必死に思い出しました。しかし、実感が伴っていない、〈身についていない〉のです。それを見事に言い当てられて、むしろ嬉しくさえなりました。読む人はちゃんと読んでくれている!
 なぜ、この詩人がそこまで言い切れるかも判りました。詩集によると、息子さんが脳死状態になり、臓器移植を望んだのですが、法律に阻まれて実現できなかったそうです。だから脳死や臓器移植については深く考えていて、私の底の浅い考えなどすぐに見抜いてしまったわけです。嬉しさを通り越して、今度は怖くなりました。依頼された原稿だからといって、浅いところで手を打ったりすると、世の中の人はちゃんと見てるぞ…。でも、私もモノ書きのハシクレ。次はこの詩人にも認めてもらえるものを書こうと思います。気づかせてくれたYさん、ありがとうございました!




渡会やよひ氏詩集『途上』
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2009.10.31 東京都新宿区 思潮社刊 2400円+税

<目次>
T
声 8         真夜中のポニー 14   はと 18
類従 22        消息−Nに 26     臨界 30
邂逅 34        
PLANETARIUM 38  光の条 42
不可解な建物 44
U
途上 48        ムクゲ 52       草の戸 56
高殿 60        雪の日 64
V
トゲチシャ 70     チューリップ 74    菫まで 78
水爆 82        パンジー 84      名乗らなかった木に 86
招来 92
装幀=思潮社装幀室




 
途上

電車に乗ると
すれちがってゆく見知らぬ家に
親しかった人を見ることがある

たとえば
うららかな春の日の縁側には
祖父が座っている
しろい顔をほころばせて
そばで話しかけているのは
遠いむかしの手伝いの娘
庭には桃の花が咲いていて
池の中ではときおり鯉が跳ねている

またある夕ベには
見おろして過ぎる白壁の家に
歌を詠む青年とまだ若い叔母が住んでいる
生真面目なふたつの影を落としながら
くすんだ燭台の下で
古びた拾遺集を読んでいる

なだらかな丘陵の莢に守られた家には
むかし初瀬で泣きながら
観音にぬかずいた友とその祈られた人
その隣の家には
憎み合うことで生きた
もう憎み合うことのない父と母
襖絵の鶴は老いることなく
裏庭の空き地には頭髪のような草が繁っている

またある夜更けには
鉄橋の下のアパートの明かりの灯った窓の中に
始まりも終わりもやすやすと超えて
わたしから分かれたわたしが
もう会うことのない人と住んでいる
器用に果物を剥き潅木に水をやり
はるかな星座を仰ぐように
二人一緒にこちらを見ている

けれど
どんなときも
わたしは通り過ぎていく
親しい人が残していった分身を
幸せを願う女となった見知らぬわたしを
行き先のない電車に乗って
激しい速さで通り過ぎていく

 5年ぶりの第5詩集のようです。ここではタイトルポエムを紹介してみました。〈電車に乗ると/すれちがってゆく見知らぬ家に/親しかった人を見ることがある〉のですが、しかし、〈どんなときも/わたしは通り過ぎていく〉だけです。〈親しい人が残していった分身〉や〈見知らぬわたし〉という分身を乗せて、〈行き先のない電車〉は〈激しい速さで通り過ぎていく〉だけなのでしょう。人生とはそういうものかもしれません。
 本詩集中の
「臨界」はすでに拙HPで紹介しています。初出から改訂されていますがハイパーリンクを張っておきました。合わせて渡会やよひ詩の世界をご鑑賞ください。




詩誌『青芽』552号
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2009.11.5 北海道旭川市
青い芽文芸社・富田正一氏発行 700円

<目次>
作品
生の根拠となる日々の記憶の断片/文梨政幸 4  黎明 他/佐藤 武 6
家族の形/村上抒子 7             鶴のうわさ−レッド データー ブック 他/浅田 隆 8
種をまく 他/宮沢 一 10           共同生活/本田初美 11
秋がきて/堂端英子 12             くまちゃんの腕/菅原みえ子 13
わが家の墓に眠る魂/荻野久子 14        祝福の構図/芦口順一 15
さみしき蓄え/沓澤章俊 16           銀色のダイヤル/倉橋 収 17
◇同人評論 本田初美論/文梨政幸 18
◇ちょっと一言
ペンネームのこと/文梨政幸 40         わからない詩/森内 伝 40
謹呈の詩集を掌にのせて/倉橋 収 40      思い込み/四釜正子 41
深呼吸の必要/村上抒子 41           原発の灰は恐いものです/仲筋義晃 42
好きな詩人/沓澤章俊 42            H高原温泉ツアー 擬似殺人事件/岩渕芳晴 43
おうちのごはん/佐藤潤子 43          かるた/荻野久子 44
旭川に行ったのでした/宮沢 一 44       書庫を整理して/富田正一 45
■書評・浅田隆詩集『証言』 原子 修 24
作品
西暦二〇〇九年 くるま/森内 伝 26      形見分け/四釜正子 27
ボタン/佐藤潤子 28              ちぎれ雲/小森幸子 29
傘寿秋風/能條伸樹 30             8月/千秋 薫 31
永遠への道 他/岩渕芳晴 32          光明の橋を渡りませう。/仲筋義晃 33
なぜ立たなかったのかキミは/現 天夫 34    遮断機/小林 実 35
天壌無窮 他/村田耕作 36           雀百まで 他/富田正一 38
◇連載
青芽群像再見 第十二回 冬城展生 50      青芽60年こぼれ話(九) 富田正一 54
青芽の同人たち(9) 村田耕作 22
告知 45・49・53・58・59            寄贈新刊詩集紹介 46
青芽プロムナード 46              寄贈誌深謝 48
目でみるメモワール 57             編集後記 60
表紙題字 富田翠芳(日本習字教育財団正師範)  表紙画 文梨政幸  扉・写真 富田正一




 
靴下/文梨政幸

靴下は 手袋になりたかった
靴下は しっかり地上を歩いたり
走ったりする 足を守って
地味ながら その責任は評価されているが
手のような 派手さはなかった
握手はなかったし 別れも 悲しみも
その 表現は限られていたので
いま 手袋のように 五本の指のついた
靴下が多い 足からの注文なのである

 紹介した詩は、「生の根拠となる日々の記憶の断片」という総題のもとに「椅子 そして机」、「靴」、「靴下」とある詩の、最後に置かれたものです。それぞれのモノたちには意思があるのだという前提で創られた詩群です。紹介した「靴下」にもそれは読み取れますが、〈いま 手袋のように 五本の指のついた/靴下が多い〉というフレーズで妙に納得してしまいました。〈地味ながら その責任は評価されているが〉、やっぱり〈握手〉も求めたのでしょうか。愉快になりながらも、役割と評価について考えさせられた作品でした。




詩誌『東京四季』97号
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2009.10 東京都八王子市
東京四季の会発行 500円

<目次>
<扉> 青い雨…………………木 瑞穂(1)
野良……………………………萩原 康吉(2)   齢の差…………………………門田 照子(4)
父とお風呂……………………畠中 晶子(6)   藤の木…………………………鳥羽 貞子(8)
嗅覚……………………………大塚理枝子(10)   新しい生命の誕生に寄せて…竹原 政子(12)
保護の許にいる子ども…ルネ・ギイ・カドウ    讃歌……………………………神戸 朋子(16)
             水谷 清訳(14)   灯台……………………………松丸 俊明(18)
すみれの花の咲く頃…………桐原 恵子(20)   階段下の公衆電話……………山田 雅彦(22)
ひとり生き残って……………谷田 俊一(24)   戦争が終った年に……………山田 照子(26)
『月白の道』を読みて………横山多恵子(28)   回帰の海へ……………………海上 晴安(30)
「弟よ」…………………………松原 寿幸(32)   春の電車………………………石川 照子(36)
二本の指揮棒…………………小野 夏江(38)   迎えられる……………………犬童かつよ(40)
秋………………………………言寺 はる(42)   回り道…………………………佐々木重子(44)
桃の実…………………………岡田 優子(46)   さくら貝………………………中原 歓子(48)
夢の小道………………………瀧本 寛子(50)   同人住所録・受贈誌………………………(54)




 
齢の差/門田照子

一緒に暮らし始めたとき
おとこはおんなより七つ年上だった

老成していたおとこと
物を知らないおんなと

何を為すにも頼りになるのはおとこ
買い物 力仕事 収支計算 旅行の計画
父のように兄のように 甘えていれば
日常は事も無く運んでいった

幼い子供たちを育てながら
身の回りに起こる雑多な出来事に
おんなも抗う道をおぼえた
近所付き合い PTA 火の車の運転
おんなには苦手のことばかり
笑って誤魔化す処世術も身につけた

息子と娘が独り立ちして
安穏とした老後の予想は見事に外れ
絶え間なく訪れてくる疫病神
宛がい扶持の年金生活は世知辛く
無常の天下は弱者に冷たい

五十年近くの道程を
相棒としてのおとことおんな
現在
(いま)も齢の差に変わりはないけれど
おとこは耳が遠く物忘れ 方向音痴
この頃は 鬼女のごと妖婆のごと
おんなはおとこに指図していたりする

 詩作品ですから実生活と採る必要はありませんけど、実感のある詩だと思いました。若いときの〈おとこ〉は〈何を為すにも頼りにな〉ったのに、〈現在も齢の差に変わりはないけれど/おとこは耳が遠く物忘れ 方向音痴〉。〈七つ〉も〈齢の差〉があれば、そうなるかもしれませんね。最終連の〈この頃は 鬼女のごと妖婆のごと/おんなはおとこに指図していたりする〉がよく効いている作品だと思いました。






   
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