きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2009.11.3 足柄峠より箱根・大涌谷を臨んで |
2009.11.14(土)
日本詩人クラブの11月例会が東大駒場で開催されました。いつもは数名の会員による詩の朗読と小スピーチがあって、それからメインの講演になるのですが、今日は講演の前に小講演がありました。小講演は岡山県の会員で医師の瀬崎祐氏による「希望、絶望、そして」。医師としての体験を交えながらの詩観でしたけど、〈希望、絶望、そして〉の意味を探るのが詩ではないかと締めくくりました。
講演は詩人であり平林たい子文学賞や川端康成文学賞を受賞した作家・稲葉真弓氏の「とけるもの ふくらむもの−詩と小説の回路」。志摩半島にまつわる体験話が主でしたが、作家と詩人の間という話がおもしろかったです。ご本人は作家か詩人かと問われると、詩人と答えたいとのこと(村山意訳)。小説の受賞賞金で稼いだお金で詩集を出しているというのは納得できるところでした。
写真は会場風景。朝のうちに強い雨が降ったためか、参加者は60人と少なかったのですが、小講演、講演ともに良い話を聞けたと思っています。
懇親会のあとは2次会に誘われて、瀬崎さん、稲葉さんとご一緒させていただきましたが、残念ながら席が離れたために直接お話しすることはできませんでした。瀬崎さんとは何度も呑んだ仲ですからいいとして(失礼!)、稲葉さんとお話しできなかったのは残念です。またどこかでお会いできればと思っています。
○埴原年美氏詩集 『愛するという言葉では軽すぎる』 |
2009.11.25 埼玉県入間市 東方社刊 1700円+税 |
<目次>
ムーンストーンのピラミッド 6 アヴェ・マリア ゴシックVer. 9
記憶の彼方 13 狼の詩 16
幻想遊戯 19 ガラスの森…再び 21
あの場所 24 月影のワルツ 27
白雨の午後 30 孤高 〜美しき生き物へ〜 33
鉱物のある風景 36 ガラスのイルカ 44
曇りガラス 47 春雷 50
出家 53 夜間飛行 56
冷たい水の底から 59 アヴェ・マリア White
Ver. 62
魂の巡礼者 65
解説 ブルーインパルス 鈴木俊雄 70 魂の浄化 旅のはじまり 浅野 浩 72
あとがき 76 表紙・中扉 埴原年美
ムーンストーンのピラミッド
遠くかざした手のひらと 同じ大きさの月が満ちる
前を向いて歩かなくてはと 夜の果てに立ち上がる
月の光を映し出す 青白い仄(ほの)めき遥か
ガラスの樹海にひっそり眠る
ムーンストーンのピラミッド
大切な何かを閉じこめた
それが何だったのか もう思い出せない
愛するという言葉では軽すぎる
深い思いのたけだったはず
砕けた心をつなぎ合わせ
足りないかけらを探す日々
もどかしい空洞が 明日を見つめられなくする
星の瞬きを照り返す 痛いほど清浄な水晶の砂
砂塵さえも煌めきながら 胸の奥の熱を奪う
過去と今を映し出す 黒曜石の鏡には
青白い少女の顔が
今日も迷子の日のままで
耳に残るお伽話
それが誰の囁きか もう思い出せない
絶望という言葉では弱すぎる
残酷な真実だったはず
砕けた明日を諦めるなら
ピラミッドに眠らせて
乳白色の夢の中に 青い光が見えるから
20年ぶりの第3詩集です。それと同時にこの詩集は、日本詩人クラブのある会員が定年退職後に興した出版社による、初の書籍でもあります。おめでとうございます。
この詩集にはタイトルポエムはありません。紹介した巻頭作のフレーズから採っています。〈愛するという言葉では軽すぎる〉と〈絶望という言葉では弱すぎる〉とか対になっていて、作品をより深くしていると思います。繊細な中にも一本筋が通ったものを感じさせる詩集でした。
○詩誌『木立ち』103号 |
2009.5.16 福井県福井市 木立ちの会・川上明日夫氏発行 500円 |
<目次>
撥鏤(ばちる)の赤/中島悦子 川の幻想/小鍛治徳夫
市つぁんの、あぶらげ/大橋英人 コスモス/森 文子
エッセイ 蛍と鹿の駒ヶ岳 増永迪男
オリオン座まで/今村秀子 春の夕暮れ/神内八重
忘日/三嶋善之 みせばや/川上明日夫
ばちる
撥鏤の赤/中島悦子
碁石は、蛤の白石と那智の黒石が普通だが、私が初めてみたのは天平時代に紅色と紺色に
染められた象牙の碁石。そこにヤツガラシが彫られていた。咋鳥文という鳥が花をくわえ
て飛んでいる幸運を表す文様。紅牙撥鏤棊子(こうげばちるのきし)と紺牙撥鏤棊子(こ
んげばちるのきし)。
普通、癌は黒いらしいけれど、あの人の体にできた癌は赤い気がする。父の肺にできた癌
は、うすらぼんやり光っているようにみえた。もう横には眠れず布団に支えられて起きあ
がってしか呼吸することが出来なかった父。その肺は、暗い病室で提灯のように見えた。
あの人には長く会っていない。でも、あの人の体の癌はぽっちりと赤い碁石のようなもの
のはずだ。なぜそんなものができてしまったのか、再び私は泣いた。それは、前々からあ
ったんだからね。前々からさ。それをなぐさめにしていくさ。あの人は、みんなに聞こえ
ないところでそう言っている気がする。あの人は、ひとりでどんなに辛いことだろう。き
っと自分の赤を悲しんでいるだろう。かつて全身から力強く流れた血が、赤い碁石を次か
ら次へと全身にはこぶとは。そんなことが偶然とは全く思えず、罰だ、刑罰だ、バチだ、
罪業だと自嘲する。赤は、前々からさ。人があとから見つけるだけさ。
撥鏤とは、象牙を染めたあと、彫って文様を刻むこと。貝殻虫からとるコチニール、ラッ
クダイ、樹木からとる蘇芳。血の色も人によって違うだろう。私が生まれて初めて使う撥
鏤という単語。血に刻みつける。
婆羅門の子を得て打ちし時に、血流土を染き。今にも諸の草木皆赤色と云へり(勘智院本
三宝絵)
湖のほとりで泥人形を買う。赤い服をきたふてぶてしい子どもの表情にひかれ、身振り手
ぶりでこれを買う。家に連れ帰ってもふてぶてしさは変わらない。私より大人びて小さな
羊をしっかりとかかえていた。
緋の衣着れば浮世がおしくなり(雑俳・川柳評万句合)
羊をおいかけて天平の草原を走る。どんどん子どもになる。草になる。
私は、文才のある七歳のミクちゃんをかわいがっている。ミクちゃんが書いた絵本のシリ
ーズ「ピーチのおつかい」「ピーチのおるすばん」「ピーチのおとまり」「ピーチのおべん
とう」には、いつもママが出てきて、ミクちゃんの一日やきもちがよくわかる。ミクちゃ
んは、まだとても幼いのだ。悲しいくらい幼いのだ。
どんどん血になる。土になる。
今にも諸の草木皆赤色と云へり。
あの人の世話をしているのが、家政婦のUさん。ある日、あの人のところから帰ってみる
と、息子さんが首を切って自死していたという。何日か休んで、何事もなかったかのよう
にいつもの優しい笑顔であの人の世話をしている。「何を支えに」という素直な疑問には、
いつも答えてくれないらしい。ふとんの上のおびただしい血の上にいた息子を抱きかかえ
た腕で、あの人の食事を作ってくれている。
詩集『マッチ売りの偽書』で本年度の第59回H氏賞を受賞した中島悦子さんの作品です。私も〈生まれて初めて〉〈撥鏤〉という文字を見ました。意味は第3連の通りでしょう。そこから関連させて〈あの人の体にできた癌は赤い気がする〉とは、なかなか発想できないものだと思います。挿入された川柳の古句などとともに現代の〈ミクちゃん〉が出てきて、時空を自由に行き来する中島悦子詩の特徴がよく表出している作品だと思いました。
○詩誌『錨地』52号 |
2009.10.31 北海道苫小牧市 入谷寿一氏方・錨地詩会発行 500円 |
目次
<作品>
骨の雨.白鳥.追善供養の旅なれど…入谷 寿一 1 納棺 消失…………………………山田幸一郎 6
テレビゲーム 恐竜かなし…………山岸 久 11 私の寂しさ 心の隙間……………斉藤 芳枝 14
含み笑い………………………………宮脇 惇子 17 時々…………………………………浅野 初子 19
マリー・ローランサンを訪ねて……関 知恵子 21 生命の火華…………………………あさの 蒼 23
記憶の還流……………………………岩城 英志 25 年月…………………………………笹原美穂子 27
<エッセー>
屋久島の詩人 山尾三省……………入谷 寿一 29 絆……………………………………菊谷芙美子 30
キボウの朝は ただしくさわやかに駆けていった 豊作…………………………………笹原実穂子 32
……………寺島 ゆう 31 鳥類の生態…………………………山田幸一郎 33
同人近況T……………………………………………34 <風鐸>『錨地51号』に寄せて…………………35
浅田隆詩集『証言』から……………………………36 受贈詩誌・詩集紹介………………………………37
同人近況U……………………………………………38 あとがき……………………………………………39
同人名簿………………………………………………40 表紙……工藤裕司 カット……坂井伸一
追善供養の旅なれど/入谷寿一
金の年輪でつながれた
亡き妻しのび
明日はお彼岸 寺詣で
心もなえて よたよたと
信心なんかではない
偽善を通して
行くのでしょう
早くわたしを成仏させて
生きるとは
自分の本心おし隠し
悟りの道を歩むのみ
祈って 食べて
女たちの目を惹くために
悲しい寡夫を
演じるのでしょう
早くわたしを地に還して
秩父三十四観音巡拝の
お寺のツアーにも行ってくるよ
あなたの追善供養のために
武甲山麓 読経の旅よ
追善の旅なんて言わないで
好きだから行くのでしょう
飾らないで
早くわたしを天に還して
大悲大慈を願って
秩父嵐に肌射られ
愛と義理とのせめぎあい
南無観世音 寺めぐり
「あとがき」によれば作者は傘寿を迎えた〈寡夫〉のようですが、ユーモアのある作品で、失礼ながら思わず笑ってしまいました。1字下げの〈亡き妻〉の言葉はすべてがその通りとは思いませんけど、ここまで達観できるのだなと感心しました。人の世も、男と女もいくつになっても〈愛と義理とのせめぎあい〉。私がこの心境になれるには、まだまだ遠い道のりのようです。