きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2010.4.9 山梨 中村キース・ヘリング美術館




2010.5.23(日)


 豪雨の中、静岡市の「中勘助文学記念館」に行ってきました。静岡県在住の詩人たちが「揺れる詩の朗読会」というのをそこでやるから、お前も聴きに来いと誘われたものです。先日、中勘助の『銀の匙』を読み終わったばかりですから、記念館にも朗読会にも興味が湧いてきて、一石二鳥の訪問でした。
 中勘助は明治18年に東京神田で生まれたのですが、戦中・戦後は静岡市に疎開していました。その当時借りていた農家の離れを「杓子庵」と称し、現在はそれが復元され、記念館も併設されているというわけです。その記念館の和室・計16畳を使って朗読会をやるという、なかなか凝ったものでした。

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 写真が朗読の様子です。おもしろいタイトルの朗読会ですが、3人が全員「揺れる」という作品を創ってきての朗読でした。驚いたのは参加者数です。土砂降りのひどい雨の中、30人近くの人が集まりました。8畳2間の和室ですから、歩くのも大変という状態でした。ほとんどが静岡県内の人たちのようで、若い人も多かったです。私も事前に1977年の第1詩集から1編読めという指示があり、「五球スーパーヘテロダイン検波受信機」という駄作を朗読させていただきました。ラジオを深夜放送を聞いているという内容なんですけど、帰り際に私と同世代と思われる女性から、私も当時は聞いていましたよと声を掛けられ、嬉しいやら、面映いやら。
 お呼びいただき、ありがとうございました!




倉田武彦氏詩集『風がさそう時』
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2010.5.15 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊
2000円+税

<目次>
T
蝉あな 8      ぼくの「時」 12   草払い 14
一匹の旅 18     どこへ行く 22    赤トンボ 26
蛙 30        遠い音 34      とんび 38
渡り鳥 42      一羽の小鳥 46    せん定 48
脱皮 50
U
歳月の風貌 54    年輪 58       刻む 62
つぶやき 66     おっ月さん 70    ゆず湯 74
金星 78       北辰 82       しばし待て 86
風 90
あとがき 92




 


春の風は
花の吹雪

夏の風は
磯の香り

秋の風は
柿の色

冬の風は
戸板を鳴らす

風には根がある
引き抜いてはいけない

友は 四季折々の風
根には 酒を注ぐがよい

うん それがよい

 68歳から詩作を始めたという著者の第1詩集です。ご出版おめでとうございます。本詩集にはタイトルポエムがありません。詩集の最後に置かれた「風」が最もタイトルに近く、詩集全体を象徴しているように思えましたので紹介してみました。〈四季折々の風〉を端的に表現するだけでなく、〈風には根がある〉という斬新な発想に驚きます。物理的にも合っていると思います。風は上空と地表では均一の速度にならず、地表5m以下では地面の抵抗で速度が急激に落ちます。それがちょうど〈根がある〉ように私には受け止められました。〈根には 酒を注ぐがよい〉というフレーズも、酒好きの私にはたまらない詩語です。今後のご活躍を祈念しています。




佐相憲一氏詩集『港』
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2010.6.1 東京都豊島区 詩人会議出版刊
1500円

<目次>
鎖国 6                  あいさつ 8
あした生きていたら 11           モンタージュ 12
真夜中 15                 墓 18
税関 20                  オフィス 24
空港 28                  アンデルセンの時間 31
夕焼け空の邂逅
(かいこう) 34          桜だより 38
きんもくせいの風 41            チンチン電車 44
波音 U 46                おばあちゃんとハイカラ・ランデヴー 50
ル・アーヴル 53              舟 56
彼女の涙 58                でんせつ 61
海岸 64                  図書館からの手紙 66
チャップリンを知っているかい 68      裏日本 72
ヘルシンキ 74               遊覧船 76
あこがれ 78                かもめ 80
あとがき 82
装幀・雑草出版




 
鎖国

海ばかり見ていると
目覚めてしまうぞ

〈向こうがある
 何かがある)

よしたまえ
顔色をうかがって
目立つことはしないで
従っていたまえ

海ばかり見ていると
恋しくなるぞ

〈世界がある
 世界の中の知らなかった人たちと
 知らなかった自分がいる)

やめたまえ
不確かなことは避けて
希望とか発見とかくだらんことにうつつをぬかさず
黙っていたまえ

海ばかり見ていると
港が開いて
いや
港を開いて

夢なんてものにとりつかれるぞ

 この詩集にタイトルポエムはありませんが、巻頭の「鎖国」の中の〈港〉が遣われていると思います。また、この詩は本詩集全体を象徴するようにも感じました。〈海ばかり見ていると〉〈港を開いて//夢なんてものにとりつかれるぞ〉というフレーズに込められた著者のメッセージは分かりやすく、読者に伝わりやすい詩語だと思います。
 なお、本詩集中の
「波音 U」はすでに拙HPで紹介しています。こちらも佳い詩です。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて佐相憲一詩の世界をご鑑賞ください。




詩と評論『PF』39号
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2010.5.15 静岡県菊川市
ピーエフ編集部・溝口章氏発行 500円

<目次>
詩  溝口 章  聖考 二十一 挽歌行道さくら花変…2
評論 溝口 章  無のコスモロジー序説(十五)…8
詩  武士俣勝司 ドロギャクの唄…16
小説 嶋田 峰子 厠…18
編集後記…23




 
聖考 二十一 挽歌行道さくら花変/溝口 章

                −勅とかやくだす御門(みかど)のいませかし

 これはほんとうの話なのか
(ロケット推進式人間操縦飛行機爆弾)略して(人間爆弾)
途中まで運んでいくのは七人乗りの双発爆撃機 一式陸攻
敵海域の上空で 切り離されると それは
飛ぶ物体とも爆弾そのもののとも分かたぬものとなって
空中を舞い
敵艦めがけて突入する
(特攻兵器)
――桜花
(おうか)の名が冠せられていた
……………………………………………
乗員には 十六七歳の少年飛行兵もいて 泣き叫ぶのを縛りつけ
坐席に押しこみ 飛び立つことも 稀にはなどと
ほんとうにあった話なのか それとも途方もないだけの
………むかしばなしか…………
私はベッドから起き上がり部厚いカーテンをはねのけた
小窓に迫る都市の景 肩口を削ぎ落としたビルの傾斜面と 競い
並び立つビルの垂直なバットレスとの 三角形の
空隙が
仄赤く
夜明けなのかと
いぶかる
かなた
空がひらけて おびただしく 花びらがまっている
はなびらが かぜに吹かれてちっていく
……………………………………………
いづちかもせん
いづちかもと はなびらは 舞い
さまよい 吹かれ
さすらい 狂い ふらふらと
当処なく流されていく 散る花の 我が身をさてもと
口づさむ 法師円位の 落花の歌
あまたよみけるなかにの とつぱなに
――勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと
詠われていた歌 かしこくも
上聞に達すれば
たちまちにして 泣き叫ぶ少年は狂喜のさまで笑い出し
兵は急いで縛を解き 爆撃機はエンジンを止め 上官は押し黙り
静まりかえったあたりの木々に 春蝉の声
………春蝉の声ばかりする…………
しかし 所詮は いませかし ませの
仮想は 現実となることもなく 爆撃機は飛び立つと
桜花は
弾幕の只中へと 声も命も捨て果てた少年を乗せ 散っていく
まいちって 流れてゆき
ませかしと勅とかやを切り裂いて 次々と散る花々を追い
突入する
春の海

肩口を鋭く削いで立つビルの傾斜面と 隣り合い競い立つ
垂直なバットレスとの
空隙に
明るむのは
払暁か それが消えていく かなた 長い廊下が現れて
仄暗く延び 途中椅子が置いてある 呼ばれた者は
そこへ坐り また呼ばれると
突き当たりの 試問室へ 硫黄島玉砕の報を知った翌日のこと
(かならず仇を討ちます)と ためらうことのない(私)に
試問官はほほ笑んでいた
(それだけか)(はいそれだけです)に対しても
同じようにほほ笑んでいた
その顔が 額縁のように背に負った
硝子窓に かぜが鳴り 差しのべる枝ごとに ふるふると
ゆれるつぼみは まだ固く 殺を閉ざして
黙っていた
……………………………………………
ベッドに二つ人がたが残されている
その一つは あの(私)のに違いない 年下の方 では
もう一つのは 年上の泣き叫んでいた あの少年の
彼はどこにその時いたのだろう 沖縄攻防の菊水作戦発令には
まだ一か月余はあったはず
ゆれ定まらぬ
固いつぼみと 試問官の謎めいた ほほ笑みと それに
いまだに消えやらぬ
枝さきまでが鳴り渡る 風の切なさを 私はぼんやり聞いていた

春到来を待ちかねて 勅とかやの歌人
(うたびと)は 山の奥へと
分け入っていく
いかでわれ
この世の外の思ひ出にと 歌いながら 眺め尋ねる
山の端ごとにかかる白雲
谷は桜のいかならむと 谷底へ下ってゆき 更に
嶺へと
分け入っていく 花を惜しみ 惜しむあまりに
この憂き世にはとどめおかじの
春風に 散りまがう
花の下
(春死なむ)の願い人は いつしか姿を消していた

耳元で囁き合う声がする
生きのびたのは 時の運 お互いに危くすり抜けた 倖いにも
そうでもなかろう 詰まるところ引き延ばされただけのこと
あとは 粒がわからず
流砂の音か
時折に混じる 乾いた笑いの
いとわしく ベッドに並ぶ いくつもの人がたのへこみの列に
日が影り その
各々に
枕が首のように添えられているのも
うつつとも思えぬが 窓に映る枝の蕾は
今なお固く 風にゆれ あるにもあらずなきにしも………
−あの試問官のほほ笑みもまた謎のまま 私の部屋の
記憶の額に収まっている

肩口を鋭く削ぎ落として立つビルの傾斜面と 競い合う
垂直なコンクリートの壁面との
空隙に
射し込むのは いったい何の光なのか
そのかなたに草木もなく荒れ果てた
丘陵が 横たわり
裾野には
青ざめた湖が ひろがっていた 音もなく打ち返す……
波 重たげで
ものうげな 水辺は 白く
もりあがり
泡立つとみえたのは ふりつもる
さくらばなの おびただしく 浮遊する その岸辺に
いくつもの
影法師
あの勅とかやの歌人は 列をなして今立ち並び
この湖畔を 行道
(ぎょうどう)する
………私はカーテンを押しのけてそれをはるかに眺めていた

  ※詩中にコラージュとして用いた「山家集」の歌を右に記す
   世の中をおもへばなべて散る花の我身をさてもいづちかもせん
   勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと
   いかでわれ此世の外の思ひ出に風をいとはで花をながめむ
   おしなべて花の盛になりにけり山の端ごとにかかる白雲
   おぼつかな谷は桜のいかならむ嶺にはいまだかけぬ白雲
   うき世にはとどめおかじと春風のちらすは花を惜しむなりけり
   ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎのもち月の頃
   さてもこはいかがはすべき世の中をあるにもあらずなきにしもなし

 連載の21です。この詩の重要なポイントである〈勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと〉については、続く評論「無のコスモロジー序説(十五)」で分かりやすく解説されていますので、それも紹介しておきましょう。

〈“御門”は天皇、次の歌に“白川の君”として出て来る。白河天皇が、あまりの長雨に怒って、雨水を勅によって獄に投じたという故事に基づいている。もし今の世にそんな天皇がいらせられ、勅によって花よ散るなと仰せられれば、さくらの花も永遠に散らないであろうのに、と西行は歌っている、ということは、今の世は願っても無理であろうとする思いが、西行の心の内に働いていることになる。〉
 その歌と戦時中の〈(ロケット推進式人間操縦飛行機爆弾)略して(人間爆弾)〉を重ね合わせた作品です。もちろん〈(特攻兵器)/――桜花〉も西行の歌を意識して〈名が冠せられていた〉のでしょう。異色の反戦詩として読みました。






   
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