きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.1.22 爪木崎・水仙群生




2008.2.16(土)


 午前10時から日本詩人クラブのオンライン作品研究会を開始しました。明日の朝10時までの24時間で、メーリングリスト(ML)を使ったクローズドの研究会です。今回提出された作品は15人15編。作品数は少ないときで10編ほどですから、今回は多い方になります。登録メンバーは80人ほどで、実際に発言する人は30人ほどでしょうか。あとは黙って見ているだけですけど、そういう参加のし方もあり、なんです。作品はインターネットの特性を生かして、インドや青森・福島からの参加もありました。

 MLの推移を見守っていると電話が入りました。先日、拙HPで詩集を紹介した著者で、お礼のあとで「書評を書いてくれ」と言われました。所属する同人詩誌に載せてくれるそうです。締切りは半月後で、枚数は400字詰原稿用紙換算で7枚ほど。ちょうど見開き2頁分です。もちろんOKしました。7枚書くというのも久しぶりです。気合を入れて書かせてもらおうと思っています。



楠瀬貞子氏詩集
 『きじ鳩とこぶしの花と』
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2007.12.10 東京都千代田区 花神社刊 2000円+税

<目次>
 T
金もくせいの 8   きじ鳩 10      野ぼたん 14
老女ふたり 18    けいとう 22     寿命 24
ヒソヒソ話 26    風と共に 30     楽しみに 34
きじ鳩とこぶしの花と 38
 U
何者? 42      カンテイ 44     パレード 48
よく見ると 52    ほんとは何と 54   苦手 56
バス停で 60     死語 62       ひとりごと 66
戒名 68
 V
明石海峡大橋 72   夕日 76       ブルーハワイ 78
冷や奴 80      移民さん 84     ふたりの姉 86
トーストとコーヒー88 ああちゃん 92    地震とくすの木と 96
梅雨の晴れ間 100
あとがき 104



 苦手

真夏日の午さがり
青山通りの
とある横断歩道
むこうから
必死の形相で
自転車をこいでくる
おばあさん

あぶない あぶない
いい年をして
私はその顔に気をとられ
あやうくぶつかりそうになる
「どこを歩いているんだ
よく見て歩け」
と大きな声

ハッと気がつく
自転車と書いてある専用路を
プラプラ買物袋をさげ
通っていた私
すごい気迫で
どなりつけられ
あやまることも忘れて
顔を見ていた

やっぱり私は
おばあさんが苦手の
おばあさんだ
しかし まてよ
あちらさんこそ
私の数倍
そう思ったに違いない

 1921年生まれという著者の、12年ぶりの第2詩集です。どれを紹介して良いか迷うほどの粒よりな佳品が溢れた詩集ですが、ここでは「苦手」を紹介してみました。最終連が佳いですね。この余裕、この達観が詩集全体に満ち満ちています。第1〜3連までは誰でも書けると思うのですが、この最終連はなかなか書けないでしょう。
 本詩集で一番紹介したかった
「パレード」は、すでに拙HPで紹介していました。ハイパーリンクを張っておきましたので是非ご覧ください。楠瀬貞子詩の世界をご堪能いただければと思います。



詩誌SPACE78号
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2008.3.1 高知県高知市
大家氏方・SPACEの会発行 非売品

<目次>

冬へ/中上哲夫 2             恋/ヤマモトリツコ 4
日々/内田紀久子 6            海・離陸/葛原りょう 8
少年 A/中原繁博 10           砂浜(一)/指田 一 12
 §
百年の恋ほか5篇/秋田律子 39       タイムマシンの錠剤/南原充士 46
おとぎの国から・無/山下千恵子 49     話しごえに霜が降りる/かわじまさよ 50
エロチック/近澤有孝 52
 §
回り燈籠の絵のように(4)/澤田智恵 73    歴史の狭間/さかいたもつ 78
蒲団/山川久三 80             みかん色のショットガン/豊原清明 82
五丁目電停札所/萱野笛子 84        オルフェ・悪夢/あきかわ真夕 86
ふところ/大家正志 92
俳句 二〇〇七年三月から十二月への抄として/秋田律子 36
詩記 山崎詩織 54
エッセイ

十二月、懐いたウマオイと襲われたカマキリ/さたけまさえ 58
受容/山沖素子 60
片岡千歳さんの詩 大家 70
公開談義−詩の醍醐味 14
伊藤芳博、近藤弘文、日原正彦、南原充士、大家正志
リレーシナリオ 大家正志 62・66  豊原清明 64・68
評論 
連載]I『<個我意識と詩>の様相』〜日本人の自我意識と詩(11)〜/内田収省 94
編集後記・大家 114

表紙写真 無題(制作・指田一)2007年 枝、自転車フレーム、魚網、着物地ほか 75×40
×40



 砂浜(一)/指田 一

砂浜があった 砂浜があれば平地がある 広いの狭いの言ってるの
はあんたぐらいだ なにしろ平地なんだ 男が小屋をおっ建てた
小屋でいい そいつが男の家だ 何と言おうが家だ 女が来た ど
こから来たかって 世の中の女をひとまとめにしたような女だ 次
のご質問は年令でしょう 赤ん坊も少女も浴衣の襟から匂い立つ湯
上がりの肌の香りも乾燥した老人特有のかさかさした肌触りもひと
まとめにしたような女だ
暗くなると眠った からみあっていると疲れどころか身体が飛んで
いった どちらが男でどちらが女かだって残っていない 大潮だっ
た 眠ってしまう からみあって眠ってしまうと あとは起きるだ
けだ ほどけるとあたりが明るくなった
子どもがいた 沢山いた 多過ぎるぐらいにいた 平地からはみ出
しているのもいた やっとこさしがみついていた まるで蟹だ そ
れでこそ子どもだ あんたは見なかったのかね
砂浜は広くなったり狭くなったりする 子どもが多過ぎることはな
い 子どもから喜んではみ出したものだ 慣れたもんだ 海草にか
らみつかれて死んだ わっと子どもが集まって来て引きずり上げた
死んだ子どもが生き返った そんな馬鹿な いや それが子どもな
んだってば
貝も海草も子どもが多過ぎることはなかった 子どもが採った 朝
に食べる 夕に食べる うまい貝があればまずい貝もあった 食え
ない海草がある うまい まずい 食えない これで全てだ 子ど
もは身体がゆっくりと覚えることにまだ気付いてはいなかった し
かし これが全てだ
どこに住んでも いくつになっても 押しも押されずにこれが全て
だ その時 砂浜が夢にでる 特老ホームで目を閉じているおじい
さんとおばあさんのなみうちぎわ

 潔さが感じられる詩ですね。「世の中の女をひとまとめにしたような女」、「子どもがいた 沢山いた 多過ぎるぐらいにいた」、それら「全て」をひっくるめて受け入れようとする男の姿を感じます。「うまい まずい 食えない これで全てだ」というフレーズにも、捨て鉢ではない、一人で納得している男の姿が浮かびます。しかし、それだけではありません。「特老ホームで目を閉じているおじいさんとおばあさんのなみうちぎわ」をも見ています。あるいはご両親なのかもしれませんが、ここでは関係ありません。私たちの行き着く先を見ているように思います。
 (一)とありますから今後も続くのでしょう。どんな展開になるか楽しみです。



詩と批評『岩礁』134号
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2008.3.1 静岡県三島市
岩礁社・大井康暢氏発行 700円

<目次>
表紙 岩井昭児 作品P           扉・目次カット 増田朱躬
日本の詩 旗を焼く/伊藤桂一 二四
評論
村野四郎の詩「鹿」をめぐって/松林尚志 四
一八五四年以前の日本におけるフランス(最終回)アンベルクロード/共訳滝沢忠義 ドミニック・グランデマンシュ 二六
二〇世紀研究 鳴海英吉論/遠山信男 三八
源氏物語と京都(二)/相馬 大 六八
二〇世紀研究・今、萩原朔太郎を読む(五)/斎田朋雄 八四
短歌の魅力/門林岩雄 九四
手帖・17 詩人は組織し行動できるか/大井康暢 一一〇
エッセイ
孤愁/原石 寛 四八
老いたる詩人たちのための「20世紀の大発見 エントロピー」の話/一柳伸治 七四
カルカッソンヌ便り(二七)承前/増田朱躬 九八
如是我聞(一三)/大井康暢 一四四

影、骨/小城江壮智 八           ボディガベイ海岸にて/金 光林 一〇
春の楽章/相良俊子 一二          名医/佐竹重生 一四
存在/戸上寛子 一六            水位、石/高石 貴 一八
秋日和/竹内オリエ 二〇          田畑のある風景、かかる日にも/栗和 実 二二
門林岩雄小詩集/門林岩雄 五〇       道はいずこへ/中村日哲 五二
陽精子、楽器、不信/卜部昭二 五四     千の風/桑原真夫 五入
旅籠屋/関 中子 六〇           晩秋/井上和子 六六
気ままな俺/柿添 元 一一六        ささやかな願い/近藤友一 一一八
橋・ポン・デュ・ガール/緒方喜久子 一二〇 オーシャンブルー/北条敦子 一二二
冬の蝿/大塚欽一 一二四          幻の行方/望月道世 一二六
鎌倉江ノ電万福寺/齋藤正志 一二八     詩四篇/西川敏之 一三〇
因果/坂本梧朗 一三四           闇・諸行無常/佐藤鶴麿 一三六
深夜灯、ヴァニテイ・フェア/大井康暢 一三八
コラム
始点 七       社会 三七      声 五七
窓 六五       椅子 九三      点滴 一〇九
座標 一三三     展望 表二      編集室 表四
柿添元詩集『生きねばならぬ』の花束 一四〇 寄贈詩誌紹介 表二
一三三号総括/栗和 実 一五二       小説 首/丸山全友 七九
二十世紀研究資料・小説二十五時/コンスタンチン・ゲオルギウ、河盛好蔵訳 一五四
詩のサロン 一六八
住所録 一七六    編集後記 一七九



 名医/佐竹重生

名前を呼ばれて
いつものように 診察室に入る
顔も見ないで どうぞと言う医師
顔も見ないで
  「不整脈は 落ち着いているようです」
と言いながら シャツをぬぐぼく

両手首 取って脈を調べる医師に
  「耳鳴りが二重奏になって」
  「耳鼻科は行ったんか」
  「治らん言って 相手にしてくれません
  冷たいもんや」

聴診器の動きが胸の上部で止まる
  「あれは 命にかかわることないでな
  まあ賑やかでええがな
  はい背中」

  「そりやまあ賑やかですけどね」
向きを変え 話題も変える

  「この頃物忘れがひどくて
  昨日は 老人会の会合忘れて
  朝は覚えていたのに……」
  「あはは この歳になりや
  良くあることやな
  メモしておいても 見るのも忘れるで
  頭いたいわ」
(あ 先に言われてしまった)

立ち上がり いつものように
ベッドを見る医師
ベッドに上がり
いつものように左腕をだすぼく
  「叔母がこのあいだ
  MRIで梗塞の跡が見つかったとか……」
血圧計のバンド巻きつけて
  「MRIかぁ」
(そら来た 保険で脳検査できるかな)
にんまりするぼく

  「撮ったろか言われるが 撮らん
  この歳になれば
  梗塞の一つや二つあるわな
  見つかったところで……」

(あらら 話がずれていく)
  「この先 どれだけもつやら
  さみしいもんや」

ここで相づちは禁物だ
話は平均寿命に移って
「ぼつぼつ準備せな」と来る
それは聞きたくない

  「血圧 まあ普通やな
  何時もの薬出しとくから」
カルテを看護師さんに渡して
  「じゃ」

診察終了を宣言されて
物忘れも 頭痛も診察室に置いたまま
まだぐずぐずしている耳鳴りを連れだす

金を払い 診察券を受け取って
健康になってしまったぼくは
小春日の中へ出ていく

後から看護師さんが大声で呼び止める
  「お薬 持っていかな!」

 まるで落語のような楽しい詩ですが、この医師の言葉には納得させられます。特に「見つかったところで……」という言葉が印象的です。見つかってもどうにもならない、それなら見つけない方が良いのかもしれません。死なない身体には出来ませんから。その意味では「健康になってしまったぼく」というフレーズは的を射ていると思います。まさに「名医」の診断ですね。健康%Iな作品だと思いました。



   
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