きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.2.26 河津町・河津桜




2008.3.23(日)


 今日は日本詩人クラブの事務所公開日でした。法人化して事務所が借りられるようになって1年弱。創立以来、半世紀を過ぎて念願の事務所が持てるようになったのは、ひとえに会員・会友の皆さまのご理解とご協力の賜物です。その意思に報いるべく、事務所を公開しようではないかという意見は以前からありました。総務担当理事として事務所を預かっている私に依存はありませんでしたが、唯一反対した理由は、事務所らしくなっていないことでした。片付いてもいない、事務用品も何もないという事務所を見てもらっても、恥かしいだけですからね。

 もう一人の総務担当理事や理事長、事務用品の寄付者のご努力で、なんとか事務所らしくなったのは年末あたりからでしょうか。これならばというところまで漕ぎ着けましたので、今日の公開となった次第です。全部で9人の方が訪れてくれました。正直、驚いています。せいぜい2〜3人、ことによったら誰も来ないということもあるかもしれないなぁと思っていました。ただ事務所を見てもらうだけの、なんの芸もない公開ですからね。おいでになったのは東京、埼玉、千葉、神奈川の会員だけというのは、まあ、妥当かなと思っています。遠隔地の方も上京に合わせて、なんて期待もしましたけど、それはやはり無理というものでした。

 今のところ事務所に常駐者はいません。会議など必要なときに使うだけですから、突然おいでになっても内部を見ていただくことはできませんが、事務所を使ったイベントなどは今後も増えていくと思いますので、そんな機会を捉えて是非おいでください。会員・会友の皆さまに大事にされる事務所にしていきたいと思っています。
 おいでくださった皆さん、ありがとうございました!



光冨郁也氏詩集『バード・シリーズ』
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2008.3.10 神奈川県座間市 狼編集室刊 1200円+税

<目次>
バード・シリーズ/斜線ノ空
一 バード
バード 8      ブルースカイ 12   翼 15
冬 18
二 マーメイド海岸
マーメイド海岸 24  海の上のベッド 27  霧(ミスト) 30
漂着 33
三 声
空き地 40      ミニ扇風機 43    夏風邪 47
台風前 50
四 斜線ノ空
斜線ノ空 56     平野 58       岬 59
サイレント・ブルー抄
白の誕生日 62    コミック雑誌 67   バラ線 70
サイレント・ブルー 76 スカイライン 80
レビュー
詩集 バード・シリーズ/斜線ノ空 詩人 落合朱美 86
+剥離+呼吸+孤独+写像+ 詩人 広田修 90
あとがき 96



 台風前

 夏風邪が治ったころ。台風が接近する前。あさってには北上し、上陸すると
TVが予報を流していた。いつものようにデパートに立ちよる。眺めてみても、
わたしに必要なものはデパートには売っていなかった。その帰りに、神話の本
を、浜辺の流木の陰で見つけた。本は水を吸ってふくれている。表紙の砂をそ
っとぬぐう。表紙の精霊の女の横顔がにじんでいる。台風が来たら、きっと本
は波で流されていただろう。
 本を手にすると、女の声が聞こえる。何を言っているのか意味のとれない、
言葉にならない声だ。女の声はかすれている。とぎれとぎれに声は風に運ばれ
てくるように、わたしの体に伝わってくる。曇った空の隙間から光がかすかに
差している。
 後ろポケットに本を突っ込み、わたしは空き地によった。けれども乗り捨て
られた車はもう撤去され、ただタイヤだけが残っている。タイヤの上に立ち、
女の声を探して。どうしたら会えるだろうか。辺りを見渡す。空き地のすみに
はコンビニの袋が捨てられている。

 わたしはコンビニに向かった。乾電池を何本か買う。乾電池の数を確かめる。
どこに行ったら女に会えるだろうか。台風が来る前の海岸通りは凪だった。自
分の鼓動の音だけが聞こえる。通りを右に左にさまよう。きっとあるはずだ。
女の声はまだしている。わたしは掲示板の地図により、それに見入った。自分
のアパート、浜辺、空き地、道路、バス停、コンビニ、デパート。
 スクラップ置き場。地図の方角と実際の道の方向を確かめ、走った。デパー
トの裏手から、走ったり、歩いたりして十分、町の自動車工場のわきにあった。
 スクラップ置き場、に置かれた車。高く積まれている車は、不安定に見える。
塗装のはげた車、ドアのとれた車、フロントがつぶれた車。そして角の手前に
あった、タイヤのない白いセダン。
 近より外から見た。ダッシュボードの上のミニ扇風機。わたしは車のドアを
開けた。中に入る。ミニ扇風機を手に取り、スイッチを押す。プロペラは回ら
なかった。そして、コンビニの袋から乾電池を取り出す。乾電池を入れ直し、
ドアを閉めた。ミニ扇風機がゆっくりと動き始める。回った。が、プロペラは
すぐに止まってしまう。電池を入れ直す。スイッチを押す。スケルトンのボデ
ィから配線を眺める。また電池を入れ直す。スイッチを入れる。動いた。わた
しはフロントにミニ扇風機を置き、誰もいない助手席に向けた。風が吹く。プ
ロペラの回る音だけがしている。西日が差し込みはじめている。プロペラの風
が吹く。
 その風の先から、透明な女の髪が、光りながら揺らぎ出す。次第に女の姿が
浮かび上がる。女は正面を見つめている。わたしも同じ方向を見る。スクラッ
プ置き場の廃車の山の間から見えるのは、縦に切り取られた深く蒼い海だった。

 女はしんきろうのようにゆらいでいる。わたしは半透明な女の手を握ろうと
手を伸ばす。女は振り向き、ゆっくりと笑うように目をつむった。指が触れよ
うとする、その端から、光の砂となって、女のかたちをしたものが崩れていく。
髪の先が風に舞い上がり、消えていく。わたしがつかもうとした手は、表紙の
痛んだ本に変わっていった。挟んであった栞も見当たらない。ミニ扇風機の電
池は切れていた。新しい電池を入れるが、もう動かない。壊れてしまった。寿
命の尽きた電池がシートの下に落ちていく。オモチャのミニ扇風機を握りしめ
る。
(わたしがふれようとしたものは)
 わたしは空いた助手席の本に、手を重ね、そのまま、夜を迎えた。本をつか
み、腿の上におく。まだ台風がこない夜は、透明で、静かで、やわらかだった。
女が、まだ、そばにいるような、そんな気がして。目を閉じると、かすかに光
のもやが見える。本から手をはなし、のばせば、その光にふれられるような。

 2006年刊行の詩集『バード・シリーズ/斜線ノ空』全編と、2001年刊行の詩集『サイレント・ブルー』から抄出した作品を集めた詩集です。ここでは『バード・シリーズ/斜線ノ空』から「台風前」を紹介してみましたが、その前後の
「夏風邪」「斜線ノ空」は拙HPですでに紹介しています。つまり、拙HPで3編を続けて読むことができるわけです。著者の作品は単独で読めるものは少なく、詩集全体として1編の物語のように読むべきだろうと思います。しかし詩集全部を紹介するわけにもいきませんから、ここでは3編だけですが連続で読めることで諒としてください。

 さて、その「台風前」。このシリーズで出てくる、失くした「神話の本」、空き地に「乗り捨てられた車」、車内に置いていた「ミニ扇風機」という重要な小物たちの結末が語られています。そして常に聴こえていた「女」の声は消え、ときどき姿を現してした「女」が「しんきろうのようにゆら」ぎ、「光の砂となって」「崩れてい」きます。もちろん女は幻聴、幻視と捉えてよいでしょうが、その幻聴、幻視こそが光冨郁也詩の重要なテーマだと思います。そして、なぜそれを見、聴くか。それは詩集全部を読まないといけないように思い、あえてここでは提示しません。1967年生れの若い著者の感性に一人でも多くの人が触れてくれればと願っています。



吹野幸子氏詩集『パラレル』
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2008.3.20 東京都東村山市 書肆青樹社刊
2000円+税

<目次>
 T
途上 10                  砂の重さ(T)14
砂の重さ(U)渠 18            砂の重さ(V)埋没 22
砂の重さ(W)果て 26           砂の重さ(X)穴 28
砂の重さ(Y)結ぼれ 32          砂の重さ(終章)もうひとつの地平 36
 U
砂時計のある場所 42            病室 46
公園にて 52                冥い匂い 54
冥宮 56                  視線 58
水の球
(たま) 62               回る 64
灯り 68                  サファイア色の猫 72
パラレル 76
あとがき 78                装幀 丸地 守



 パラレル

通り沿いの家の庭先の
パンジーや金盞花の色に
眼を奪われながら歩いていく
後ろの方から
知った人たちが歩いてくる声が聞こえる
近くの小学校からは
子供たちの歓声も聞こえる
やがてはじめて見る川を渡った
すると春の浮き立つ気配は消えて
時間のない静寂が領している場所に出た
わたしはずいぶんとながいこと
そこに佇んでいた
身体がそのままの姿勢で
土の中に埋もれていった
どれほどの時が経ったのか
やがて辺りが仄明るくなり
わたしはいつもの道を歩いている
間近に親しい者たちの声も聞こえてきた
けれどわたしは
傍らにその声を聞きながら
何処か遠い処に通じている
別の道を歩いている

 「パラレル」は英語で平行や並行、並列を意味する言葉ですが、ここではパラレルワールドを云っているのだと思います。私たちが現実に眼にしているのと同じような、もう一つ向こう側に並列に存在する世界。物理学では反陽子などの世界としての仮説があるようです。作品はそれに近いものではないかと思います。「何処か遠い処に通じている/別の道」がもう一つの世界でしょう。SFのような趣で、おもしろい作品だと思いました。著者にとっては14年ぶりの第2詩集で、これからもこの詩集のような面白い作品を見せてくれるのではないかと期待しています。



詩誌『衣』13号
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2008.3.20 栃木県下都賀郡壬生町  700円
森田海径子氏方「衣」の会・山本十四尾氏発行

<目次>
花影を踏んで/鳥巣郁美 2         秋の蕾/岡山晴彦
(はるよし) 3
眠りの卵/大磯瑞己 4           雪の日/小森利子 5
向こう岸/佐藤史子
(あやこ) 6        たくらみ/佐々木春美 7
雪の宵 森に佇む(訳詩)/大山真善美
(ますみ) 8 歩道/葛原りょう 9
からくり人形/星野典比古 10        泣かないで/上原季絵 11
末摘花/相場栄子 12            仮面劇(韓国無形文化財)/江口智代 13
哀傷(五題)/喜多美子 14          夢/高畠 恵 15
オンナ/鶴田加奈美 16           かわいた嗤いが口からこぼれた/月燈
(つきひ)ナユタ 17
ゆびだこ/千本 勳 18           昭和花嫁御寮/大原勝人 19
月のめぐり/石川早苗 20          カノン/うおずみ千尋 21
砂漠の内と外/山田篤朗 22         曲芸/豊福みどり 23
時の鐘/森田海径子
(かつこ) 24        藤袴考 山本十四尾 25
同人詩集紹介 26
同人近況 27
後記 31
住所録 32                 表紙「衣」書 川又南岳



 藤袴考/山本十四尾

エー弁当エー弁当 旅の途上で駅弁を求める エー弁当鳥め
し弁当いかが 東北本線小山駅
でのアルバイトの私がそこに
いる 叔母経営の料亭 鳥又の鳥めし弁当は美味であった

芸妓 置屋の主人 役人 旦那衆 遊び人などが次々と帰っ
ていく 女将(おかみ)の部屋に淡紫色の花の藤袴を大量にとどける
そばに伝助がいる 色白く鼻すじ通り上品な口もとに色香が
あふれる年なかほどの芸妓だ

花の佳さを知
っている(ひと)に残ってもらっていたのよ おまえ
は男だから覚えておいて損はない 玄関 座敷 宴会場 小
部屋などの鴨居に そして私の部屋に藤袴の枯れ葉を敷いて
いるのを知っているかい 小鼻をひくひくさせなくても芳香
に気がつくはず 女将はつづける 女は花が終わってからの
藤袴でありたい 
ほんとうの(女子(おなご)らし)は月のものが終わ
ってからなのよ 伝助さんがその証 この女(ひと)のつれあいこそ
男の中の男 双眸の透明さ 肌艶のよさ 漂う色気は男がつ
くりあげた芸術品

藤袴のあり様が女のあり様と符号する 花は人生の師 女将
は珍しく饒舌であった 夜は深け深くなっていくなか 私は
女の美学をそのとき修得したことを体感したといってよい
女将の名は高橋マス 料亭鳥又を一人で切盛して いま小山
市常光寺に眠っている

エー弁当エー弁当 旅の途上の弁当売りの訛声(だみごえ)が私の身体中
を回流しながら 五十年前のひとつの挿話を彷彿させて 消
えていく

※ 現在のJR宇都宮線小山駅。
※ 芸妓名。

 「五十年前のひとつの挿話」というのですから、学生時代の「アルバイト」だったのでしょうか。「おまえ/は男だから覚えておいて損はない」という「叔母」の言葉に、良い意味での時代を感じさせます。お前は男だから、お前は長男だから、という親や親戚の言葉に自立心を植えつけられ、責任を感じたのは決して悪いことではなかったと思います。その復権をこの作品からは感じます。「女は花が終わってからの/藤袴でありたい ほんとうの(女子らし)は月のものが終わ/ってからなのよ」という科白も今なら判ります。粋な言葉の中に男と女の、ある意味での理想を見た思いのする作品です。



   
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