きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.5.3 前橋文学館




2008.7.28(月)


 午前中は市内の印刷所に行って、日本詩人クラブ冊子の校正刷りを返してきました。それ以外は終日書斎に籠もって、いただいた本を読んでいました。



中原澄子氏詩集『長崎を最後にせんば』
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2008.8.9 東京都板橋区 コールサック社刊 2000円+税

<目次>
お父さんのつば
(唇)はまっ白になって――爆心から〇・六キロ 岩川町 荒木富士子さん 10
もう人間の形じゃなか――爆心から三キロ 大波止 佐藤邦義さん 26
あん死体は忘れられん――爆心から三・八キロ 蛍茶屋 歳田かずえさん 34
天皇陛下が降参ていわっさんもんで
(言われないから)――爆心から一・二キロ 竹ノ久保 吉本繁春さん 45
うらかみ ん いえに かえり たか……――爆心から三・二キロ 飽の浦 市山繁さん 56
製鋼所は鉄の墓場 人間の消えとっ――爆心から〇・七キロ 三菱製鋼所 浦田松夫さん 67
兵隊の着物の袖みたいに皮が垂れさがって――爆心から一・五キロ 銭座 川原征一郎さん 79
髪のとれたとは被爆のあれじゃなかか――爆心から一キロまで 浦上駅 窪田喜代喜さん 88
みんなふやけたごとなって 水ぶくれ――爆心から二キロ 稲佐町 倉田ヒサヨさん 96
長崎全体が幽鬼の世界じゃもんで――爆心から一・七キロ 幸町 小高盛穂さん 107
おかあさん はやくきてよ――爆心から一キロ 三菱兵器大橋工場 島崎国雄さん 117
みずう みずう て――爆心から〇・六キロ 稲佐山の山裾 中村鶴子さん 127
おなかの破裂すっと プスていう――爆心から二・五キロ 下筑後町 野中人美さん 142
顔は倍以上にふくれあがって まっ黒になって――爆心から一・八キロ 稲佐橋 白石日出夫 149
化粧瓶もなんもみんな飴――爆心から一・五キロ 御船倉町 馬場貞子さん 158
走るかっこうで炭になって 立っとっとですよ――爆心から〇・四キロ 浜口町 松尾俊彦さん 170
ピカッ 熱か 熱っ 熱っ 痛
(いた)ってして――爆心から四・五キロ 上小島 三宅多鶴子さん 182
上から柿の実の落ちてくるごと
(ように)――爆心から三キロ 水の浦町 森下宝さん 192
 承前 204
 結び 207



 


私は十六歳だった 本渡高等女学校四年生
入学一年後 全校学業中止 英語教科書没収
空襲による人的損失を避けるため分散教育≠ニなった
寄宿生はそれぞれの村に引きあげ 食糧増産に励んだ

山の開懇 松の根掘り 杭木運搬
そのほかあらゆる農作業に明け暮れて

昭和二十年八月九日
天草上島
(かみしま) 志柿(しがき)の小高い岡の養蚕農家に私の班はいた
敵機来襲予報のサイレンが鳴りわたり
養蚕温度調整用の冷蔵庫に全員避難

警報解除のサイレンで急ぎ外へ出た
地の奥底でヅンと地鳴りの音がしたからだ

地震でもあったのかと四方を見回した

何事も起こってはいなかった

太陽はま上にあり

南から北へ 整然と翼を連らね
また整然と南へ還るB29の編隊も
小型機グラマンの低空飛来もない 静かな時間

いつになく平穏な空を見わたしていて
西の方角 遥かな地平にうす青い空を私は見た
凄惨なほどに透明な もうひとつの空

ひき込まれるように私は見つめた
この世のものとは思えない
うす青く透明な空

生まれて初めての 美しい空

「消えなければよい」と念じながら見つめた
「消えないでほしい」と
またたきの一瞬
空はいつもの空でしかなくなっていた

 2005年に『天草へ帰った被爆者』、『続・天草へ帰った被爆者』として長崎原爆被害の聞き書きを出版した著者の詩集です。今回、もっと読み易い散文詩に直して多くの人々(被爆を知らない若い人々)にも読んでほしいと考えた(結び)′`がこの詩集となりました。ここでは〈序〉を紹介してみましたが、長崎原爆投下時の著者の様子を知ることが出来ます。原爆と関わった人生の、まさに端緒と云えましょう。この後に創作も交えた散文詩が続きます。こちらもまさに(被爆を知らない若い人々)にも読んで欲しい内容です。前著2冊にはハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて長崎の悲劇を読み取っていただければと思います。



平出鏡子氏詩集『おんぼろ路』
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2007.12.15 東京都港区 新風舎刊 1500円+税

<目次>
まえがき 3
エリーゼの為に 10   つれない 12      紫陽花 14
いくよ 16       深く ふかく 19    どじ 22
重さ 25        放置 27        愛せよ 小犬 30
箔命
(はくめい) 33     木の下で 36      静かな夜 39
見ていない 42     カラス 45       必死 48
秋刀魚 51       まよう中 54      足元 56
暖かい 58       夏の日 60       ぽと ぽとっ 63
ビートルズも知らないで 66           国の外にて 68
黄砂 71        天空の下 74      時 どきっ 76
銃口 78        雨の日 81       あいこでしょ 84
更新 88        ほむら 90       切れない 92
行け 94        最果て 96       落ちている 99
父さんとドア 101    戦死者 104       風の中 108
旅・ひとり 110     羽衣 112        遠い 115
転ぶな 119
あとがき 123



 エリーゼの為に

ピアノの練習を始めたのは
十五の歳を過ぎていた
「エリーゼの為に」が弾けたとき
気高く生きていけるような気がした
「為に」ということばが
淡い光を放ち
聴かせたい人の面影がよぎった

人気
(ひとけ)の無い校舎の音楽室で
かじかむ指に息を吹きかけ
ピアノの蓋を開けると
両親の
激しい諍いから逃れ
休日の学校へ来たことを忘れた
祈りにも似た思いを
打ち込むように鍵盤を鳴らした

誰の為にと
こころを決めかねる苦しさを知らず
思わぬ方向に
押し流されていく人生を予想もせず
初めて「エリーゼの為に」が弾けたころ
私の手はしみ一つ無く
陽光に
輝きさえみせていた

 詩集タイトルの「おんぼろ路」はおんぼろろ≠ニ読みます。これまでの半生はおんぼろろ≠セったという意味です。ここでは巻頭の「エリーゼの為に」を紹介してみました。〈両親の/激しい諍い〉が思春期の〈私〉を苦しめていたことが、この詩を含めて詩集全体で読み取れます。〈誰の為にと/こころを決めかねる苦しさを知らず/思わぬ方向に/押し流されていく人生を予想も〉できなかったことは誰にもあることですが、〈私の手はしみ一つ無く/陽光に/輝きさえみせていた〉こともまた私たちの若さの証だったと改めて感じさせられました。
 なお、本詩集中の
「国の外にて」はすでに拙HPで紹介しています。こちらも佳い作品です。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて平出鏡子詩の世界をご鑑賞ください。



詩誌『飛天』27(終刊)号
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2008.7.7 東京都調布市
田上悦子氏方・飛天詩社発行 500円

<目次> 50音順
橋のたもとで/雑草におおわれて…工藤富貴子 2
なまえ 2/ふたり/歳月の音/品物…田上悦子 4
山の便り/高原の月…富永たか子 6
残暑/タヌキ…中井ひさ子 8
兜/旅の川/父へのたより…西山悦子 10
その日/
La Vie en Rose…深雪陽紅 12
晩夏考/黒/*…安川登紀子 14
海辺の情景/夏の終り…安永圭子 16
天衣無縫 18
あとがき 20
住所録 表3
表紙/デザイン 安永圭子



 橋のたもとで/工藤富貴子

少し遠いけれど
湾をめぐって
海岸を離れたりくっついたりする道を
ゆっくりと彼に会いに行った
長い道のりだけど
長閑な田舎道は楽しくもあった
橋が出来てぐっと近くなったとき
まだるっこいね
橋渡ししてあげると言った友だちが
あっという間に彼とともに消えた

以来 橋が信じられない

橋は離れた場所と場所を
結んでくれるものだけど
信じ切っていると
ひょいと二つに折れて
真っ逆さまに落とされてしまう

また
遠くの地で一本の橋が
崩れて落ちたという

 残念なことに終刊号です。代表・磯村英樹氏をはじめ、この詩誌のメンバーとの交流は多かったので、本当に心残りですが、同人の皆さまお一人お一人の今後の飛躍を陰ながら応援することにしましょう。
 紹介した作品の「遠くの地で一本の橋が/崩れて落ちた」というのは、拙宅の隣町、神奈川県足柄上郡開成町の十文字橋のことだと思います。おそらくそれに刺激されて創ったものと考えていますが、さすがに上手いですね。タイトルの〈橋のたもとで〉から良くに計算された詩で、第1連の〈少し遠い〉と最終連の〈遠くの地で〉の対も見事です。これからもどこかで作品に巡り合いたいものです。



   
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