きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.9.27 栃木・和紙の里




2008.10.6(月)


 特に予定のない日。本当は日本詩人クラブ11月例会の案内状を作らなくてはいけなかったのですが、まだ余裕があるので後日に延ばしました。終日いただいた本を拝読して過ごしました。



秋吉久紀夫氏編訳『現代イラン詩選輯』
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2008.10.10 東京都新宿区 土曜美術社出版販売 2000円+税

<目次>
第一部 抒情詩
ハサン・ホザンナ 花の歴史…12
マヌチェル・アターシ 朝焼けのなかの騎士…14
ムハメド・レチャ・アブドラ・マラジャン 第三世界…16
ウラゴー・ハツライ マルコ・ポーロ…18
ハーフェイツ・ムサウェイ 小さな島…20
ヤトラ・マフトン・アミーニ 腹一杯の不満をこぼす人…22
ムハメド・バカルクラシ・アホリ 元のところに戻る…24
スホラブ・シポホリー 水の滴り(一部)…28
ニーマ・ヨシジ この世のひとびとへの問い…31
アハマド・シャムール 印象…34
フルゴー・ファルホタド きびしい寒さがやって来る時に…36
ムハメド・レタ・シャフェイ・カドコンナ 青春…38
ラホマド・ハジプール 冬に愛の解るひと…39
ヂサール・アミンブル 苦しみ…40
ティムール・タラヌチ こどもたち…44
イラチャー・カンパリ 生気の乏しく…47
シャムス・ランゴルティ 一度去ると振り返らない…50
サイド・アリ・サレシー この故郷、この人民…52
チアティン・トラピー 広々とはっきり見えない群れなす島々で…55
ムハメド・レタ・マホティクド 河のほとりで…59
アリ・レタ・ジャッホー 浮世の岸辺で…61
ハディー・ムナワリ 大きな悲しみ…63
ムスタファー・アリブル 珍しい枝…66
アリ・ムサウィ・カルマルティ 血の痕…68
ナズオニン・ネタム・シアシティ 詞語…71
ペホタド・ホチャド 置き去りにした手荷物…73
アリババ・チャシー アヨーブの幻…75
ムハメド・タージ・ハワーリ 靴…78
アリ・フシマンド 毎週金曜日、わたしはいつもあなたのことを思っている…83
スラマン・ハラティ 地獄と胡桃の樹(部分)…87
エムラン・サラシー 飢餓の饗宴…90 願をかける…91 大地の鎖…93 この辺りの海域…95 指輪の宝石…95 七重の空…97
          もしもあなたがわたしたちと一緒に旅に出て…98 愛の無人島…99 大門の閉鎖…100 暗闇の洞穴…101
          夜光の真珠…102 気をぬく…103 前世からの約束…104 第一五章…104 面会…105 ここ…106
          目を覚ましながら…107 まなざし…108
第二部 叙事詩
ムハメド・フセイン・シャホリヤール 今日は、ヘドルパパ…110
第三部 イランの歴史と詩 秋吉久紀夫
一、イランという国は…142
二、古代のイランと詩…147
三、中世期のイランと詩…149
四、近代のイランと詩…163
五、現代のイランと詩…175
注…188
参考文献…189

詩人略歴…192
秋吉久紀夫「現代イラン詩」関係著作…198
編訳者あとがき…200



 
腹一杯の不満をこぼす人/ヤトラ・マフトン・アミーニ

ああ、これは何という世の中だ
人に不平不満を言わせないなんて
秋は燕に向かっていまいましげに
「わたしがやって来たばかりなのに
あなたは去って行ってしまうのか」と言っている

星は
月に向かっていまいましげに
「夜にはあなたばかりがキラキラ輝いて」と言っている

物乞いは娼妓に向かって
わたしになんというこの冷淡さとなじり

イプレスはアッラーの神に対して
「おまえが火を大地に売り渡したのに
大地は二本の麦の穂でおまえを買うのを惜しむのだ」となじっている

アレキサンダー大王は太陽をなじっている
「おまえはわしと悪魔との間に
         高い塀を立てやがったな」と

論理はアリストテレスをなじっている
「あなたはわたしを創造してくれたのに
武器と十字架のことはわたしには解決する方法がない」と

大地は時間をなじっている
「わしはおまえをとっても信じていたのに
おまえはわしを一〇〇回も疑った
ああ、ほんとにおかしなことだ」と

   原注*「イプレス」とは、『コーラン』に出ている悪魔の名前で、邪悪な放蕩者という意味である。

 日本ではイラン語原書からの直訳書が刊行されていないので、やむなく著者が中国語訳本から重訳したという貴重な訳書です。紹介したヤトラ・マフトン・アミーニは1923年生まれで、現存しているようです。「腹一杯の不満をこぼす人」という面白いタイトルに惹かれましたが、〈星〉〈物乞い〉〈イプレス〉〈アレキサンダー大王〉から〈論理〉〈大地〉まで登場して、いかに〈腹一杯の不満〉を持っている人が多いかを指しているように思います。しかし、この詩は第1連の〈人に不平不満を言わせない〉という点にこそ注目すべきでしょう。戦争、紛争の耐えないイランの現在を憂れいているように感じました。
 本訳詩中のムハメド・レチャ・アブドラ・マラジャン
「第三世界」、エムラン・サラシー「飢餓の饗宴」はすでに拙HPで紹介しています。初出から一部改訂もありますが、ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせてイラン現代詩をご鑑賞ください。



坂本よし子氏詩集『天の梁』
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2008.10.1 東京都豊島区 国文社刊 2500円+税

<目次>
遠い夏 8      絶顛 10       綱 12
旅芸人 14      橋 18        風 20
納屋 22       瞬き 24       かたち 26
余白 28       邂逅 30       忘れかけた夢のように 32
おばあさんのいえ 34 叫び 36       空白 38
代置 40       落葉樹 42      大杉神社 46
動物園 48      蟹 50        図書館 52
秋 54        石 56        手術台にて 58
放擲 62       みず 64       はる 66
鳥 68
解説 武子和幸 71  あとがき 79



 遠い夏

そのあたりには
いつも昼顔が咲いていた

何も考えることもなく充たされたとき

いまにも手が届きそうに
天が降りてきて

天の梁から吊り下げられた
大きな鐘のしたで
子供たちは
かくれんぼをした

ふと思いがふたたびめぐってくると

いつのまにか天は高く上がって
鐘のかたちに澄ましていた

子供たちはどこにもいなくて

昼顔の咲いているあたりに
くすくす笑う声だけが聞こえている

 第1詩集のようです。ご出版おめでとうございます。この詩集にはタイトルポエムがありません。紹介した巻頭作品の第4連から採っていると思います。詩集タイトルの付け方がスマートであるだけではなく、この「遠い夏」も佳品と云えましょう。夏の一日、〈天の梁から吊り下げられた/大きな鐘のしたで/子供たちは/かくれんぼをした〉という情景は、書こうとして書けるものではありません。お父上も詩人だったそうですから、その血筋が書かせたと言ってもよいでしょう。私も〈何も考えることもなく充たされ〉ていた〈子供〉時代を想い出しました。今後のご活躍を祈念しています。



月刊詩誌『歴程』554号
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2008.9.30 静岡県熱海市
歴程社・新藤涼子氏発行 500円

<目次>

はしばみ/時里二郎 2           九官鳥のお経/井川博年 6
永遠なんて/八木幹夫 8          秋の水母/黒岩 隆 10
柄杓/池井昌樹 14
ライター/草野心平 16
某月某日 見つかった心平詩、二編/朝倉 勇 18
第43回天山祭りに参加して/北畑光男 20   追悼 岡本 喬/朝倉 勇 24
絵…岩佐なを



 秋の水母/黒岩 隆

来ないで下さい
いえ 行きます

黒板の予定日のように
台風が来た
何処かへ逸れることなく
まっすぐに 来た

会が 早く終わって
次の電車まで
ぽっかり空いた時間
ぽっかり空いた自分
苦手なネクタイを緩め
スーツのまま
古い運河に沿って歩く
澱んだ水面の
わずかな流れに逆らって
水母が三匹
身を立てて泳いでいる
透明な身体いっぱい
グウ と パア をくりかえして

大きな背を揺すって
アルベールは
セーヌの岸を歩きつづけた
夢がそうであるように
川面はきっと
失くした記憶の扉を開いてくれる
草原で
いきなりゲシュタボに連れ去られたこと
さっきから 離れてついてくる
テレーズという妻のことも


台風は大きな手で
水平線を持ち上げるので
波は 入江に殺到し
波止場も 波止場の暗がりも
一夜のうちに
水浸しだ

来ないで下さい
いえ 行きます
音をたて
荒々しく来るものよりも
ある秋の日
もっと恐い朝が来る
軒下で てるてる坊主が小さく揺れ
猫は尾を立て通り過ぎ
静かに
ドアの前に立つものがいる
連れ去られた
歳月のコートを着て

 最初は グウ
 あいこで パア

白い手が ドアの中に入ってくる

           *映画「かくも長き不在」 アンリ・コルビ監督 マルグリット・デュラス脚本

 〈黒板の予定日のように/台風が来た〉、〈ぽっかり空いた時間/ぽっかり空いた自分〉、〈台風は大きな手で/水平線を持ち上げる〉というような言葉の妙とともに、〈古い運河〉と〈セーヌの岸〉とを並立させる構造の確かさに敬服した作品です。それだけではなく、〈グウ と パア〉を最終連では〈白い手〉に結びつけて〈もっと恐い朝〉を想起させる手法にも勉強させられました。これは〈連れ去られた/歳月のコートを着て〉いる〈白い手〉ですから、素直に死≠ニ採ってよいかと思いました。



   
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