きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2008.9.27 栃木・和紙の里




2008.10.27(月)


 奈良・興福寺の『南円堂特別公開』を観てきました。ともに国宝の本尊不空羂索観音と四天王像を拝観。普段は見難い三重塔も真下にしっかりと観られました。また、国宝五重塔の初層内陣も特別公開ということで、こちらも拝観しました。興福寺は2010年に創建1300年を迎えるので、それに向けての公開のようです。
 それはそれで意義深いことなのですが、私はやっぱり阿修羅像がお目当てですね。興福寺に行くたびに素晴らしい仏像や建造物に圧倒されるのですけど、必ず逢いたいのは阿修羅です。人間の内面の複雑さを阿修羅ほど表出させた造形はないでと思っています。

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 写真は五重塔です。いたるところが工事中で、ちょっと無粋な柵が気になりますけど、これも1300年祭の準備なのでしょう。明治政府による犯罪的な廃仏棄却では、僅かな金で売りに出されたものの、なんとか破壊されずに現在まで生き残った姿に、思わず目礼してしまいました。
 天気はご覧のような青空で、秋の奈良を満喫しました。




現代詩人文庫12『田村雅之詩集』
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2008.11.3 東京都千代田区 砂子屋書房刊 1700円+税

<目次>
『鬼の耳』(完本)――1992〜1998
魂送り 10                 一明館 11
出雲崎幻想 12               鬼北の帰館 14
ながめに関する断章 16           陽と鬼 17
多古、ノ浦 18               鬼の耳 20
舟は蛇
(くちなわ) 21.             盈虚抄 22
チセの夜 23                犬吠埼の龍と蛇 24
伯父の挨拶 25               卓上狂想 26
音は幻 27                 或る女 27
高楼のマルガリータ 28           鬼籍のインターネット 29
五位の声 30                鳩の森 32
勢多の泊 33                あんしゃん・れじうむの残滓
(のこりかす) 35
朝かげは、神
(カムイ) 37.           つかのまの、原人(プルシャ) 38
龍神橋幻想 39
自撰詩集
『永訣』(抄)――1972〜1974
夕暮の展望 44               海べの抒情 45
飾り首 46                 宗教のバリケード 47
木立のなかで 49              異郷者 50
『ガリレオの首』(抄)――1975〜1977
アルニカの道 51              白鷺の里 52
夜汽車のあとで 53             秋消息 54
或る年齢 56                不思議な話 57
単純な愛 58
『破歌車
(やれうたぐるま)が駆けてゆく』(抄)――1977〜1981
赤いぐみの実が落ちた 59          高麗はまぼろし 60
葦別小船 61                悲しい書斎 62
李白の月 63
『萱の歌』(抄)――1982〜1986
刈萱のさわぎ 64              星の駅へ 65
花火 66                  夕化粧 67
死んだ弟 68                須佐之男 69
(たま)を呼ぶ 70
『デジャビュ』(抄)――1989〜1992
球体と髯 71                尻屋岬のデジャビュ 73
紅色の月 74                鼠の花 75
ことばと遺伝子 77             ゆきぐれのつがろ 79
蛻けた話 81                まんさくの花 82
『曙光』(抄)――1998〜2003
記憶の紐 83                牽牛花によせて 84
廃園 86                  雲雀と蛇 88
(うつつ)のいまを書いてみよ 89       落雁 90
『エーヴリカ』(抄)――2003〜2006
今戸橋幻想 92               得撫
(ウルップ)の花 93
亜爾尼加 94                松阪へ――本居宣長之奥墓 95
エーヴリカ 97               鼓橋幻境 99
評論・エッセイ
疾駆する意志−萩原朔太郎『詩の原理』
.102  萩原朔太郎ノート(三)――生活、その無意味な憂鬱 108
わが交遊 @
.樋口 覚 125  A.赤坂憲雄 126  B.小池 光 127  C.尾原和久 129
詩的断片(アフォリズム)
感情の哲学 132
.              成熟の思考 138
箴言――詩について 142
解説
喪失からの出発――『ガリレオの首』によせて       郷原 宏  148
ゆるせきみ 永遠の恋人よ――『破歌事が駆けてゆく』覚書 北川 透  151
永遠の記憶の蜃気楼                   馬場あき子 155
言葉の墓の傍らに――田村雅之『鬼の耳』を読みながら   吉増剛造  157
「御伽筐
(おとぎばこ)としての詩集              吉田文憲  159
詩の中の地名                      谷川健一  162
田村雅之詩集『エーヴリカ』を読む            季村敏夫  165




 エーヴリカ

トーマス・マンは一人でノヴァーリスを発見した
そう、クルチウスが『文学の旅』の中で言っているが
平出隆も一人で伊良子清白を発見した、それも新しく発見したのだ
ますます芥川に似てきたわが友、樋口覚が帯文で書いている
発見!
そうだ、ロシア語ではエーヴリカ!
ユウレカのことだ、と
内村剛介から
ウォッカは喉奥に放りこむようかく飲むべし
という実際の作法とともに教わった
むかし、チュリマ(監獄)二十五年の禁錮刑としてラーゲルに囚われ
独房生活を強いられた内村さんが
竹内好の葬儀で私の隣りに座っていた
葬儀委員長が燕尾服の埴谷雄高で
司会進行が朴訥の橋川文三だった
ほとんど知られていないけれど私の知る限り、たぶん
これが吉本・埴谷論争のとっかかりになる最初の衝突の舞台だったはずだ
千日谷で、弔辞の一番手の増田渉が立って巻紙を読みはじめた
途中、ぐぐっと慟哭をして、しばらくの沈黙の後、どーんと音をたてて倒れた
凍りついたようなあたりの静寂、マイクがマンモスのような巨大な鼾音を拾う
内村さんは「田村君、僕はこういうのダメなんだ。失敬するよ」
と首をすぼめて席を立った
スターリン獄の独房に入っていた人の言葉ではない、と思ったが
しかし、人間とはそういうものだ
えてして、とも思った
今にして思うと、あの時内村さんの脳裏に横切ったものは、
胸の奥底で響いたものは何だったのだろう
発見
内村風に言えば
エーヴリカ!なのである
そのまま正直に感受を行動にあらわしたのは美しかった
その日は武田泰淳の一人娘の花ちゃんから
写真原稿をもらう日でもあったのだが
百合子さんと慶応病院に
そのまま帰ることのなかった増田さんに付き添い出向いてしまったので
約束事はしぜん延期だった
泰淳が好
(ハオ)さんを連れて行き
(ハオ)さんが増田渉を連れて行った
周りの人はそう言ってその日嘆いた
その晩、たまらなくメラシコリックな気分になって
一人新宿をさまよい、腰が抜けるほど酒を飲んだ
忘れがたい一日であった

 1975年の第2詩集『永訣』から2006年の最新詩集『エーヴリカ』までの30年ほどの詩業、評論・エッセイを集成した詩集です。ここでは最新詩集のタイトルポエムを紹介してみましたが、登場人物の人間性がよく出ていると思います。〈私〉の置かれた位置、交友関係も多彩であるだけでなく、特に最終部の〈一人新宿をさまよい、腰が抜けるほど酒を飲んだ〉というフレーズには〈私〉がよく表出していると云えるでしょう。田村雅之研究には欠かせない1冊だと思いました。
 第6詩集の『鬼の耳』中のタイトルポエム
「鬼の耳」は拙HPですでに紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて田村雅之詩の世界をご堪能ください。




江知柿美氏詩集
『天にも地にもいます神よ』
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2008.10.31 東京都豊島区 書肆山田刊 2600円+税

<目次>
星 8         寂 10         短い道 12
山の湯 16       ルツェルソ・野兎 18  顔を洗って 20
何を見るだろう 24   例えば画廊 28     ロスコ 32
美しかりし 38     在る処 42       豆を撒かれても 46
ジャコメッティ 50   陽気にみんなで 52   神が死んだ日 56
普通の人 60      映画館で 64      いつことばを発するか 68
アンダーグラウンド 72 魚の骨 76       残雪 80
物語 84        虫 88         糸杉 90
手 94         すぐここに 98     元気でね 102
そしてわたしたち 104
. かき氷 110.      幼児 114
言い訳 118
.      それは 122.      天にも地にもいます神よ 126
この赤い色 134
.    眠りのあと 138.    純粋な贈り物 142
束の間の闇のなかで
.146 シアター 152
あとがき 158
装画=著者




 神が死んだ日

「玉音」放送を聴いて 少女は
「天子」が呼吸をしたり排泄をする人間だったと
初めて知った
「御真影」の姿そのままに
一日中一年中 あの姿勢で立っておられるのだと
思っていた
みんな笑うがいいだろう
嘲るがいいだろう だが
あの時 少女の全身は砕かれ
魂は彷徨を始めた

少女は大人たちに縋ろうとした
師であった大人たちに
鍛えてくれた大人たちに
 何故ですか
 教えてください
 噛み砕いて教えてください
だが大人たちはすでに少女のまわりにいなかった
衣を脱ぎ捨て
国中に散らばり
国境も越えてグロ−バルに
遁走していた

禁じられていた歌が流れ
「鬼畜」のことばが街を席捲して行った

少女のなかに不確かなものが充満し
もはやいかなる神も現れることはなかった

* 第二次大戦中、米英は「鬼畜」と言われていた。

 10年ぶりの第3詩集のようです。この詩集の一つのテーマは〈神〉で、それはタイトルにも表れています。ここでは同じ〈神〉の中から「神が死んだ日」を紹介してみました。私たち世代の先輩が直面した〈もはやいかなる神も現れることはなかった〉事態の深刻さが浮かび上がっていると思います。〈禁じられていた歌が流れ/「鬼畜」のことばが街を席捲して〉いる現在、なぜ〈神が死んだ〉のかを改めて検証する必要を感じさせられた作品です。
 本詩集中の
「幼児」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて江知柿美詩の世界をご鑑賞いただければと思います。




機関紙『コロポックル』19号
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2008.10.15 札幌市豊平区 日下新介氏発行 非売品

<目次>
詩 夏の畑/大竹秀子 93
羊丘原水協、新婦人豊平支部が平和を訴え署名宣伝行動 96
小森香子詩集『生きるとは』評 94




 夏の畑/大竹秀子

春にまいた白蕪は漬け物しにて食べ
赤カブは1月遅れで二回撒き酢の物に
ほうれん草 ビタミン菜はおひたしやごま和え
グリーンアスパラは毎日食卓にあがり堪能した
春菊は茎を折ると次々葉がでてきて食べられる
エンドウ豆は二〇日間くらいいろんな料理で楽しむ
イチゴはカラスに取られネットを張る

毎朝 カボチャの雌花に雄花を会わせる
トマトも脇芽を毎日見ながらつみ取る
秋に撒いたニンニクも抜いて束ねて干す
えんどう豆は色々な料理で味わう
サクランボは毎年小鳥に食べられるが
今年はどうしたことか実がならない
インゲン豆が実ったこれからの楽しみ
ジャガイモは収穫の時期になる
草を親の敵のように取っても取ってもでる
秋の白菜の移植と大根撒きがある
キュウリは食べてるが茄子はまだ小さい
トウキビとトマトが待ち遠しい

 作者は専業の農家なのか、日曜菜園の範囲なのかは分かりませんけれど、育てた野菜が次々に収穫できる喜びがあふれた作品だと思います。拙宅の裏にも畑があって、専業農家を辞めた義母が「趣味で…」と謙遜しながら作っている野菜を収穫させてもらっています。ですから、この作品の〈待ち遠しい〉気持ちがよく伝わってきます。作者は北海道在住だと思いますから、北の大地の短い夏に一斉に生長する野菜たちの声まで聞えてくるような作品だと思いました。




機関紙『コロポックル』20号
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2008.10.25 札幌市豊平区 日下新介氏発行 非売品

<目次>
詩 変身/日下新介 95
島峰信子詩集『心の旅路』評 96
詩 ピースおじさん/佐藤 武 98
小田晃詩集『王祥屯への道』評 99
山岡和範詩集『笑生ちゃん』評 101




 変身/日下新介

選抜高校野球大会の入場式
球児たちの行進
脚を上げ 手を大きく振る姿に
ぼくは思い出す
子どもの頃の分列行進を

――歩調とれ! と
号令をかけたぼく かけられたぼくが
亡霊のように
グラウンドを横切る

改定された中学校指導要領に
武道が導入され
高校教科書検定で
沖縄の集団自決の「軍命令」削除
「君が代」を歌わぬ教師は処分
国政選挙の民意は無視されて
「法令」の建前を通す多数決で
「給油支援」という戦争の継続
今年は いつになく目立った 球児たちの
手の振り方 脚の上げ方に
老いたぼくは恐れるのだ
くりかえすまい≠ニ誓った未来が
靖国につながる教育に変身することを

          二〇〇八年三月二七日

 〈選抜高校野球大会〉はプロ野球と違う〈球児たち〉の爽やかさに惹かれ、私もよく見るほうだと思うのですが、たしかにここ数年の〈行進〉が変わってきているように感じています。〈号令をかけたぼく かけられたぼくが/亡霊のように/グラウンドを横切る〉という戦争を体験した先輩の指摘は謙虚に受け止めなければならないでしょう。その背景をもこの作品では暴き出しているわけで、再び国家に騙されて〈靖国につながる教育に変身する〉道を阻止したいと思いました。



   
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