きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2008.10.9 八方池 |
2008.11.1(土)
午後から日本詩人クラブ事務所で「現代詩作品研究会」が開かれました。日本詩人クラブが法人化するにあたっては社会に開かれた会≠ナあることが条件のひとつになっていますから、クラブ内に留まらず、会員・会友以外からも作品を募集するというものです。作品は毎回10数編集まり、今回は9編でちょっと少なかったものの、外部の人が半数ほどでしたから、当初の目的は達せられていると言ってよいでしょう。外部からは、時間の関係で作品は出せないものの、見学をしたいという方もいらっしゃって、それも嬉しいお客さまでした。
狭い事務所に20人ほどの人が集まり、かなり白熱した議論となった場面もありました。私も講師陣の一員として拙い感想を述べさせていただきました。参加してくださった皆さん、どうもありがとうございました。
○林壌氏詩集『どこまでも青い空』 |
2008.11.1 東京都板橋区 待望社刊 2000円+税 |
<目次>
冬の別れ 6 春風をもとめて 10 春一番 14
桜の小さな実 18 快晴の日曜日 22 鳥の時間にあわせて 28
閃光 34 夏の太陽 38 桐の花 42
歩き続ける男 46 雉と男の住む川原 54 呼吸する川 60
見えない空 64 相模川の夕暮 68 どこまでも青い空 72
川明かり 76 川に浮かび上がった舟 80 一本の椎 86
ゆうぐれ 90
あとがき 94 表紙写真 清水光一
どこまでも青い空
二羽のとんびがゆったりと旋回しながら
晴れ渡った秋の空から
相模川を見おろしていた
とんびよりもはるかに高い天
白く光る鳥が太陽に近づいていく
まぶしくて何の鳥か見分けられない
ゆらゆらと揺れているようにも
一点に止まったまま羽撃(はばた)いているようにも見える
台風の雨のあとで相模川は
両岸の石川原を呑みこんで
深く波立ちながら流れている
すすきの原が一面に輝く川原から
遠く丹沢の山山までが明確な姿をして
秋の青空を支えている
ふと気がつくととんびの脚に
鮎が踊って水滴がきらきらと散った
太陽を通りぬけた白い鳥はやっと
その姿を青空にくっきりと現わした
なんとジェット機だ
均整のとれた銀色の機体は
陽の光を反射させながら白い光の矢となって
青い空に溶けていく
爆音がかすかに聞こえたように思えたが
空は青く澄んだまま
ぽかーんと広がっているだけの静けさだ
気をとり直した二羽のとんびが
新相模大橋を越えて東の空へと飛んでいった
〈相模川〉の中流域に住んで30年という著者の、20年ぶりの第2詩集です。ここではタイトルポエムを紹介してみました。〈二羽のとんび〉と〈とんびよりもはるかに高い天〉を飛ぶ〈白く光る鳥〉の両者を観察する目に、この詩人の本質的な姿勢があるように感じられました。あるがままを映すことによって、あるいは何を映すかによって語る、日本の詩人としては稀有な存在ではないかと思います。
本詩集中の「歩き続ける男」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて林壌詩の世界をお愉しみください。
○田上悦子氏詩集『女性力(ウナグヂキャラ)』 |
2008.11.11 東京都板橋区 コールサック社刊 2000円+税 |
<目次>
第T章 残心一葉
残心一葉 10 花束 14 柳の下に佇つ人 18
菊と薔薇 22 背中の自意識 26 恋教え鳥 30
かんがえるひとよ 34 逃げる・追う 38 半跏坐の人 42
笑う人 46 記憶のはじまり 60 アルネ 62
歳月の音 64 今はときめきの街・吉祥寺 66
品物 70 柿紅葉 72
はな 74
第U章 女性力(ウナグヂキャラ)
女性力(ウナグヂキャラ).78 母恋鳥 82 死霊と遊ぶ 84
蘇った豆 88 アウランガバードの石の館 94
子殺しの世に 98 惜秋 102. 掃く 106
遊園地へ 110. 白い葡萄を 114. 神仏の舞 118
眼 122. 黒い猫 124. なまえ 126
階段 130. 信頼と約束 134
あとがき 138
略歴 142
女性力(ウナグヂキャラ)
むかし 海の向こうから 舟に乗って訪れる者は
何人(なんぴと)といえども客人であったから
幸いをもたらす神々であったから
琉球列島の人々は ただひたすらに歓喜して
一心におもてなしをするのだった
何より人が好きな私にも その気風が残っている
海の向こうには 神々のくに(ニライカナイ)があり
夜空に浮ぶ 神々の姿も見えていた
〈えけ あがる三日月や (ああ 天なる三日月は)
えけ 神ぎゃかなまゆみ (ああ 神の金真弓)
えけ あがるあかぼしや (ああ 天なる明星は)
えけ 神ぎゃかなままき〉(ああ 神の金鏃(かなぞく))
黄金期の那覇世(ナハンユ)は 女司祭(ノロ)によって統治されていた
奄美の神女(ユタ)も人々の信仰をあつめていた
だが 海の向こうから 力携えた破壊の神々が襲来
貧乏人の少女は身売り 幼児も労働力の 悲しい歴史
沖縄の 遊女歌人ヨシヤー・チルー
奄美の 女奴隷カンツメなどは 有名な悲恋実話
現代に至っても 少女が次々と米兵に犯されている
ノロガミサマよ ユタガミサマよ 琉球の地にも
かつて あなたの霊力≠ノよる太平の世があった
海人(ウミンチユ)の眼には大空に 壮大華麗な女神の群像が
テレビの画像より鮮明に映っていた
〈えけ あがるぼれぼしや (ああ 天なる群星(むれぼし)は)
えけ 神ぎゃさしくせ (ああ 神の花櫛(はなかざし))
えけ あがるのちくもや (ああ 天なる横雲は)
えけ 神ぎゃまなききゅび〉(ああ 神の御帯)
琉球人(びと)に日本人の原像≠り という
その血を亨けて現代に生きる私たち女性
呼び起こさねばならないものが あるのではないか
現代の霊力=@民衆の失った信念*だろうか
私という小さな一個の人間の 身裡から迸るもの
そのことを携えて私は 世界に繋がっていたいのだ
*〈 〉内はおもろそうし(五三四)
*ナオミ・クラインの言(世界≠Q007・12)など。
3年ぶりの第4詩集です。著者自身は東京生まれですが、ご両親が鹿児島県奄美大島出身とのことで、かの地に造詣が深いようです。ここではタイトルポエムを紹介してみました。〈ウナグヂキャラ〉はおなごぢから≠ゥら来ている(逆かもしれませんが)のかなと思っています。最終連の〈琉球人に日本人の原像≠り という/その血を亨けて現代に生きる私たち女性/呼び起こさねばならないものが あるのではないか〉というフレーズに、著者の生きる姿勢があるように思いました。
本詩集中の「今はときめきの街・吉祥寺」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて田上悦子詩の世界をご鑑賞ください。なお、初出では最終連に〈人口〉とあり、〈入口〉の誤植ではないと疑問を呈しておきましたが、本詩集では〈入口〉となっていました。
○アンソロジー『沙漠詩集』5集 |
2008.10.20 福岡県行橋市 沙漠詩人集団事務局・麻生久氏発行 1200円 |
<目次>
河野 正彦 救け出された子犬 6 余生ということ 6 ある序列 8 雄のかまきり 9
麻生 久 世紀の審判 10 かもめ 11 最後の引き揚げ船 12 風紋 14
千々和久幸 付箋の誓い 15 蔓珠沙華 16 投球術 17
平田 真寿 聖なるネクロフィリア 18 ネクロフィリア萌え 21
光井 玄吉 不敬罪 22 ひめゆりの塔 23 泥棒さま 24
坂本 梧朗 最後の一杯 26 潔癖 27 年金のうた 28 習い 29
柳生じゅん子 名を呼べば 31 角砂糖 32 光る窓 33 白菜 34
菅沼 一夫 歩調をとらなかった軍人 36 戦犯 37 蚊との戦い 38 大泥小泥 大汚小汚 39
木村千恵子 おさむはひとり勉強する 40 小さな肩 41 不思議な詩人 42 坂の間の記憶 43
犬童かつよ 明日 44 ぬくもり 45 壁に掛けた絵 46 つたの葉 47
風間 美樹 聖木曜日 48 猪 49 無くす 49 ADIEU 50
中原 歓子 柳絮 52 恋もどき 53 イーノックアーデン日本版(一)54 落ちる 55
河上 鴨 照明技師 56 海辺の僧侶 57 対生の僧侶 58 陰影礼賛(2)59
織田 修二 フルート 60 大時計 62 ルビー 63
福田 良子 引き潮 64 草65 てまりうた66
椎名美知子 小千谷縮 68 蛇 69
原田 暎子 春 70 笑う 70 鰹 71 梅漬け 72
坪井 勝男 ぬいぐるみ 74 通知 75 握りしめて 76 見えない潮 77
柴田 康弘 西湖にて 78 八月 79
藤川 裕子 落日 80 黄昏どきに 81
宍戸 節子 納豆の旨みと糸 82 湯葉 83
秋田 文子 高原の宿にて 84 伝令 84
おだじろう 透明なふくらみ 86 分身 86
上山しげ子(会友)テツ 88
姫野 譲(会友)女房の心配 89
川坂美代子(会友)連字符 90
餘戸 義雄 待合室 91 青春は飛べないまま 92 月明かり 94 つかむ 95(2006年4月19日逝去)
岩下 豊 沈黙に耐えながら 96(2006年4月退会)
■201号〜250号 編集・発行一覧表 97
■250号・55周年記念 詩誌「沙漠」展パンフレットより
「沙漠」誕生の瞬間 河野 正彦 99
「沙漠」と私 高橋 睦郎 99
「沙漠」によせて 平出 隆 100
「詩」という武器でもって 赤塚 正幸 100
詩誌「沙漠」のあゆみ(年表)101
蚊との戦い/菅沼一夫
庭の手入れ中 蚊の襲撃を受けた
小さな蚊だが中々執拗だ
掌のパトリオットでパチパチ叩くのだが
次から次にやって来る
痒いこと 小さくても毒性は相当なもの
俺は人間として 屋敷の主として
いささかプライドを傷つけられた
家に帰ってフマキラーを持って来る
俺はニヤリと笑う
今度は大量破壊兵器だ
シュッシュッと吹っ掛けるとしばし敵も鎮静
だが何ということだ
ものの二十秒もすると又も襲撃
二、三度繰り返すが蚊群はあとを断たない
俺は諦めて家に引き上げる
窓辺に座ってしばし考える
始末におえん奴だ
どうかして皆殺しにする方法はないものか
思案はぐるぐる回るが良策は出て来ない
ぐるぐる回り過ぎたせいか
ちょっと頭が変になる
いや正常に返ったと言うべきか
まっとうなニンゲンが俺に化けたようだ
同じ屋敷内に住みながらこの戦い
兄弟牆に鬩ぐとは何ということだ
蚊から刺されたって死にはせん
ただ痒いからという理由だけで死に至らせる
これが悪魔のような俺の姿だったのだ
生き物に聖を期待するのは無理としても
お前よ 今少し寛容の仏を懐にしてはどうだ
己れのみを神の子とするなべての人間よ
神はソナタ達だけに特権を与えてはいない (No.233・'04/3)
1952年から56年も続いている詩とエッセイ誌『沙漠』のアンソロジーです。50号ごとに区切って発行しているアンソロジーも今回は第5集。201号から250号からの抄録ですが、1998年から2008年の10年に渡る期間の作品群です。紹介した作品は2004年に収録されたようですが、当時話題になった〈パトリオット〉ミサイルや〈大量破壊兵器〉を出しながら、〈蚊との戦い〉という身近な行為と結びつけたところが見事です。〈同じ屋敷内に住みながらこの戦い〉というフレーズは、当然同じ地球に住みながらこの戦い≠ノ読み替えられます。普遍的なテーマ故に、その時代の話題だけでは終らないものを感じさせる作品だと思いました。
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