きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2009.11.3 足柄峠より箱根・大涌谷を臨んで




2009.11.12(木)


  その2




小西民子氏詩集『春のソナチネ』
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2009.11.18 大阪市北区 編集工房ノア刊 2000円+税

<目次>
 1
春のソナチネ 8     夏のソナチネ 12     秋のソナチネ 16
冬のソナチネ 20     ソナチネふたたびの夏 24 通過するソナチネ 28
ソナチネの水辺 32    空の下のソナチネ 36   ソナチネより遠く 40
行方不明のソナチネ 44
 2
ねむい空 54       ユリの樹に 56      花びらは 60
ジジ ジジと 62     青い空が 64       ひたすら 66
空の木 68        空を描いていると 70   一日を 72
うすい雲を 76      十ヵ月の 80       ホタルブクロの 84
図画の時間 88      鳥の時間  92      熱帯夜  94
カバー装画 浮田要三
   装幀 森本良成




 
春のソナチネ

 *

くつろぐ天使は
ソファーに
くぼみを残して
今はいない

千年後にも残る
北イタリアの土を
焼くために
神戸の画廊から
飛び立った
ところだ

 *

こころに落ちる
緑の影は
とっても痛い

明るい夢のなかで
揺れないぶらんこの午後にも

 *

月夜の
部屋はとくに昏い

地球をぼんやり照らし

私たちの会話は
とぎれたままだ

 13年ぶりの第4詩集のようです。ここではタイトルポエムであり、かつ巻頭作品の「春のソナチネ」を紹介してみました。第1連の〈ソファーに/くぼみを残し〉た〈天使〉という視線が印象的ですし、最終連で〈私たちの会話〉が出てきたことでこの作品に深みを与えていると思いました。
 なお、本詩集中の「うすい雲を」はすでに拙HPで紹介しています。初出は
“ねむい空 Z”というタイトルでしたが、ハイパーリンクを張っておきました。合わせてご鑑賞いただければと思います。




○コールサック詩文庫2『朝倉宏哉 詩選集一四〇篇
asakura koya.JPG
2009.11.30 東京都板橋区 コールサック社刊 1428円+税

<目次>
第一詩集『盲導犬』(一九七三年刊行)より
お祭り 10
.                   馬 13
きつね 14
.                   降誕祭 15
三陸沿岸大火 18
.                愛 21
仮面 23
.                    千の日と夜 24
一粒の籾 25
.                  死神 27
終電車帰り 29
.                 おいとま 30
北海道大学植物園にて 32
.            盲導犬 33
第二詩集『カッコーが吃っている』(一九八三年刊行)より
イカル 34
.                   墓地整理 36
大きな粟の木の下で 37
.             カッコーが吃っている 38
四人の人夫 39
.                 早池峰登山 41
根岬
(ねさき)の梯子 42.              槻沢(つきざわ)鬼剣舞 43
螢 45
.                     八月十五日 胆沢(いさわ)川で 47
恐山にて 48
.                  五つの子のための五つのメルヘン 50
右耳のつぶれた男 イーハトーヴォ
.イリュージョン 53
へび 55
.                    先発 56
冬の小さな林−小さなきみに 57
.         谺−故 高野善一氏に 58
寒立ち 60
第三詩集『フクロウの卵』(一九九四年刊行)より
フクロウの卵 60
.                さくら 61
虹 63
.                     街の小さな田圃 64
かなしみ 66
.                  ダリア 67
牛祭り 68
.                   タイの犬 70
スリランカ 71
.                 夕日 73
ナクル湖にて 74
.                ハーモニカ 76
パラグアイの牛 78
.               アルマジロ 79
花見川 83
.                   レクイエム 高橋長光君に 84
父の喪 86
.                   寒牡丹 87
ガンリン 88
.                  探す 90
第四詩集『満月の馬』(一九九九年刊行)より
やまかがし 92
.                 はばたくフクロウ 93
満月の馬 94
.                  ひとの河 96
白い年賀状 97
.                 サバンナ 98
鈴虫サン 99
.                  老牛 101
焼香 102                    ベンケイ 103
渡りの朝 105                  ことしのさくら 106
感受性 107                   還暦同級会 109
合歓
(ねむ)の木を伐る 110.            更地 111
インドへ行った息子に 113
第五詩集『獅子座流星群』(二〇〇三年刊行)より
あやとり 114                  トラジャの樹 116
春夜 117                    馬 118
防空頭巾 119                  飛行機−石川啄木に 121
ばんか 122                   誕生日 123
犬を洗う 125                  小天地 126
ゆき・ゆめ  127                聖牛 128
聖地 129                    ガンジス河 130
バラナシにて 132                鏡 134
獅子座流星群 136                長距離ランナー 138
五体投地 138                  夕焼け 140
難民 142                    「ああ」 142
第六詩集『乳粥』(二〇〇六年刊行)より
乳粥 143                    天池 145
勝山号 146                   がんじがらめ 148
吼えている山 −日露戦争開戦百周年に当たり激戦地を訪ねる 150
敦煌の町を歩く 151               待ってください 152
明日から来る今日 153              金色の狐 155
深夜の酒宴 156                 この広い野原いっぱいの草 158
三本の樹 159                  グ・ズ・ダ 161
ミイラと少女と二羽のスズメ 162         隠れびと 164
誘蛾灯 165                   微笑
(みしよう) 166
生前墓 168                   神秘から謎までの日日 169
二つの腕時計 170                風と雲と空と太陽と 171
人類文化学園共働農場−伊藤勇雄氏に 172
未収録詩篇T
へその緒 174                  山上の墓地 176
声 177                     螢の木 178
おれはクマだ 178                初恋 180
ためらい傷 181                 蘇民祭に行こう 182
未収録詩篇U
短詩十編 184                  カワセミとフクロウ 185
きらっと 187                  さりげない朝 187
幕張本郷から新検見川まで−石村柳三に 189    走る少年 190
雪迎え 191                   子犬のいびき 192
十三日の水曜日には 193             海 195
花火 196
未収録詩篇V
仰向け男 197                  朝顔と入道雲とみんみん蝉と 198
祈り 199                    九段坂 200
青い牛の背に跨って 201             ルーシーとアンサリ 203
書かれなかった詩 204              詩よ 206
解説・詩人論
「乳粥の味」 日原正彦 210
「朝倉宏哉さんの血脈の床しさ−一ファンからの証言」 大掛史子 218
「朝倉宏哉・初期詩集を読む」 相沢史郎 226
略歴 234




 


馬は六月末の湿った夜のなかへ
逃げて行った
仄暗い馬小屋の柵をとびこえ
田植がおわった畦道を
嘶きながら逃げて行った

昭和二十×年六月下旬
岩手県胆沢
(いさわ)郡永岡村の
貧しい夜を騒がせた馬の逃走
ひとたちは手に手に提灯をもち
ほたるのような追跡をした

 ほう
 ほお
 ほう
 はお
 馬
()っこ 逃()げだどお
 馬
()っこ 逃()げだどお

その仄暗い馬小屋でうまれ
そこで老いた
柔順な栗毛の牝馬
その母もその母の母もそこで逝った
遠い血統の愛着を捨てて
ほたるとかえるの夜のなかへ
馬は
あらあらしく逃げて行った

どうして あの夜
突然 馬は逃げたのか
私はいまも考える
馬は
野性のおもいに誘われたのか
それとも
たてがみの色褪せる
老いのわびしさに負けたのか

 馬
()っこ 逃()げだどお
 馬
()っこ 逃()げだどお
 ほう
 ほお
 ほう
 ほお

 1973年刊行の第1詩集から2006年の第6詩集まで、それに未刊詩篇を加えた詩選集です。ここでは第一詩集『盲導犬』から「馬」を紹介してみました。〈昭和二十×年六月下旬/岩手県胆沢郡永岡村〉での出来事のようですが、実は私も似たような経験をしています。1975年ごろ、現住所がある市内の、もう少し賑やかな処に借家した頃、夜中に馬のひずめの音を聞いたのです。そんなバカな!を思って玄関を開けると、1頭の馬がヌッと顔を出しました。驚いて、すぐに警察に電話しましたけど、市内で飼われていた馬が逃げ出したとのことでした。1975年当時でも馬を飼っている家があるのかと、二度驚いたことを思い出しました。

 まあ、そんな私の思い出話は措くとして、〈柔順な栗毛の牝馬〉が〈逃げたのか〉を〈いまも考える〉作者に共感した作品です。特に〈たてがみの色褪せる/老いのわびしさに負けたのか〉というフレーズは、馬のみならず私たちにも訪れる感慨でしょう。そしてまた、私たちも〈遠い血統の愛着〉に縛られて生きる存在なのかもしれません。そんなことを考えさせられました。
 なお、第6詩集『乳粥』の中の
「生前墓」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて朝倉宏哉詩の世界をご鑑賞ください。




文芸アート誌『狼+』17号
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2009.11 神奈川県座間市
狼編集室・光冨郁也氏発行 800円

<目次>
野村喜和夫+三角みづ紀「新しい現代詩を読む Vol.2」レポート・4
野木京子「ぷちっとサンサシオン Vol.4」レポート・6
石畑由紀子 短歌・蛇口・10           石畑由紀子 短歌・ふるえる舌・12
文月悠光 ファミリーポートレイト・16      木下奏 スーパー・ハード・ミー・18
木下奏 宇宙内ナイト・20            はんな 言い訳・22
はんな 階段・25                望月ゆき 楽園・28
落合朱美 星供養・31              佳運 無題・35
佳運 後は無感信・36              加藤思何理 彼女の誕生日に蒸発した蛇苺のトリロジー・37
コントラ マナグア・41             ダーザイン 佳子1997冬・44
ダーザイン 鳥の唄2000冬・49        光冨いくや 吠える・56
光冨いくや アカリ・60             伊藤浩子 <柊木の小男、あるいはプロローグ>・64
今鹿仙 へンリー・ダーガー・71
広田修 物語−半物語−物語・76
メール・インタビュー(聞き手:光冨いくや)   詩人・文月悠光さんに詩についてお聴きします・82
プロフィール・87                「狼」の評抜粋・91
編集後記・92




 
吠える/光冨いくや

 低く吹く風に睫毛がゆれた。乾いた土の香りがする。閉じていた目をあける。ずれた
眼鏡の位置を正す。朝の光に、うっすらとまどろみが消えていく。徐々に、物の輪郭が
確かになっていく。遠くにある山は、幾筋もの亀裂が頂きから麓まで走っていて、その
向こう側から尽きることなく風が吹いてくる。わたしの喉の奥まで。喉を痛めていて、
咳を二度繰り返す。連れだっていた狼はいるだろうか。かたわらの狼の毛を手でさぐる。
けれども、その背に手が触れない。見ると、狼はいない。代わりに、昨夜拾ったペット
ボトルに手が触れた。底にいくらかの水が残っている。

 のぼり始めたばかりの日の青い色彩、空には白い雲がうすくひろがり、地には風にそ
よぐ陰り、草むらがある。風の音がしている。石の転がる地の、その離れたところには
風にそよぐ草が見える。草の輪郭がぼやけたり、くっきりとしたり。その中央に、捻れ
た木がひとつ佇んでいる。空に向かって枝を、根のように生やしている。影の木をぼん
やりと見ていた。わたしにはその木の名前も種類もわからない。
(わたしはまたひとりになったらしい)

 腹が微かに痛い。空腹なのかもしれない。わたしは腰をあげる。立つしかない。ふら
つきながらも、足を進める。何か食べる物はないか。石の転がる地は、やがて草に隠れ
ていった。木の実でもあれば、わたしはそう思い捻れた木に向かって歩いた。ジャケッ
トのポケットから手袋をだしてはめる。腿までの高さの草で隠れる。その枯れた草地を、
ひたすら進む。遠く岬へと続いているはずなのに。しばらくすると、足がしびれた。ペ
ットボトルを抱くようにして、片膝をつく。そして、体を丸め横たわる。
 風が耳の中に入り込み、うずまいているなか、わたしはうつらと一頭の狼となる。前
脚を伸ばし、茶色に変色した草の地に立つ。脚は白い毛で覆われている。そよぐ草から
頭ひとつ出る。そんな断続的な光景を見ては目を覚ます。

 影が動いた。見ると、白い素足があった。視線をあげると、裸の女が立っていた。ま
ぶしいのは、背後の陽の光のせいか。女は正面に立ち、わたしの肩に手を置いた。意識
がぶれる。女の髪は乱れており、灰色で一部に黒い色が混じっている。その髪が風でな
びいている。
 女はわたしの肩に手をまわし、背に顔をふせる。女の髪が、肩にかかる。果実のよう
な匂いが漂う。女の指がわたしの無精ひげの頬にふれる。女はもう片方の手にしていた
果実を差し出す、その甘い香り。

 目を開けると、いつの間にか、目指していたあの木の根元にたどり着いていた。見上
げると、逆さまに見える木の枝に実はなかった。背後の空が青白く見える。まるで光る
地の底だ。ふいに肩を押される。振り返ると、狼が後ろ脚で立ち、前脚をわたしの肩に
かけていた。狼は口にくわえていた果実を落とし、鼻先で押す。わたしは果実をうけと
った。乾いた梨だ、実を手につつむ。たったひとつの果実の重さ。香りをかぎ、二つに
割り、ひとつを狼に与えた。自分の分を口に頬張った。ぱさつく果肉からわずかに甘い
汁が口のなかに広がる。欠片が落ちたので、それをポケットにしまう。

 いつのまにかまた眠っていた。閉じていた目をあける。月の光に、蒼い地が照らされ
る。物音のしない夜だった。

 周囲に光がちらつく。ときおり押し殺した息が聞こえる。わたしと女は互いをかばい
合いながら、見渡す。狼の群れだ。どうやら追いついてきたらしい。数頭か、十頭か。
わたしは足下に手をはわす。石か棒きれかなにかないか手で探る。ペットボトルに触れ
た。わたしの背に、女は背をつける。群れの一頭の狼が、吠える。ペットボトルをつか
み、投げる。軽い音が鳴る。額に当たり、狼の小さな悲鳴がある。女の狼がわたしのジ
ャケットの裾をひっぱる。わたしはジャケットを脱ぎ、ポケットからライターを出す。
暗がりにライターをかざす。乾いた音を二度三度たてる、その指が熱い。ライターの火
がつく。焦げた臭いがする。その火にジャケットをあてる。火とともに煙がでる、ジャ
ケットを振り回す。熱さに唇をかむ。そのわたしの背後で、女が、うなる。わたしと女
は、吠えた。

 青い月が、狼の群れに囲まれ、暗がりの草原で、火に包まれたジャケットを振り回す、
わたしたちを見ている。やがて暗がりをにらみ、世界中の獣が吠え始めた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 連作と思ってよいでしょう。この次の「アカリ」は、紹介した「吠える」を引き継いだ作品です。以前の『狼』誌を紐解くと、長い物語詩の一部だとも思えます。しかし、単独の作品として読んでも遜色のない完成度の高さです。この作品では〈空に向かって枝を、根のように生やしている〉〈捻れた木〉の〈背後の空が青白く見え〉て、〈まるで光る地の底だ〉としたところに、作者の誌的感覚の根源があるように思いました。また、〈月〉も重要なファクターのように思います。どこまで続いていくのか、楽しみな作品です。






   
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