きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2009.12.7 神奈川県湯河原町・幕山 |
2010.1.29(金)
今日も外出予定のない日。終日いただいた本を拝読して過ごしました。
○中正敏氏詩集『いのちの籠・拾遺』 |
2010.2.8 東京都豊島区 詩人会議出版刊 2500円 |
<目次>
序
*
白い雲
白い雲 12 暗い繭 14 疎外 16
戎さん 18 旗振り 20 空木積(からこづみ) 22
ポートフォリオ 24 舌先が軽い 26 遠い話 30
祈り 34 牛の尻尾(しっぽ) 36 戸惑い 42
密約と初夢・源氏店(げんやだな) 46. 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 52
松風 54
**
雪の轍
雪の轍 60 カサブランカ 64 蛆虫(うじむし) 66
不安が闇を 68 抜け殻 70 移動 72
昼の月 74 悔い 76 迫る背後 78
雨あがり 80 ふるさと 82 人間 84
一言 86 無念 88 いのちの籠 90
あとがき 93 制作 南浜伊作
白い雲
いのちを与えられ
ひとも化け物も
前の方を向いて
それぞれ歩いている
上りつめる坂の向こうに
きらめく何かがあるだろう
稜線の白い雲はやがて
消えるちぎれ雲だとしても
つぶらな ひとみは
まっすぐに見ひらいて
視線を伸ばすにちがいない
森の梢が
萌える若い芽を
深い空にとどけようとする
昨年に引き続く第26詩集になるようです。紹介した作品は司馬遼太郎の『坂の上の雲』を想起させますが、生前の司馬さんが映像化を許さなかった小説であることも合わせて考えておく必要があるでしょう。中さんの意図とは違うかもしれませんけど、私には〈稜線の白い雲はやがて/消えるちぎれ雲〉というフレーズに司馬さんの思いが具現化しているように感じました。最終連の〈萌える若い芽を/深い空にとどけ〉ることが、『坂の上の雲』を越えることでもあるのでしょう。
本詩集の最後に収められた「いのちの籠」は、ここ5年ほどの中さんのテーマであり、中さんの意思を引き継ぐ詩人たちのテーマでもあると思います。すでに拙HPで紹介していますからハイパーリンクを張っておきました。合わせて中正敏詩の世界をご鑑賞ください。
○コールサック詩文庫3 『くにさだきみ 詩選集一三〇篇』 |
2010.2.24 東京都板橋区 コールサック社刊 1428円+税 |
<目次>
第一詩集『女人埋没』(一九五五年、中桐美和子氏との二人詩集『蒼の楕円』)より
砂上の幻影 8 梅雨について 9
しみだらけの冬 11. 因習 12
夜にぬれる 13. 女人(にょにん)埋没 14
第二詩集『圧』(一九六一年)より
樹液のなかの眠りのために 15. 浮力 16
光のない窓の光を夢みる 17. 指話法 18
においの町 20. とどかないものの一つ一つに 22
第三詩集『けだもの考証録』(一九八〇年)より
椅子と腰掛けについての考察 22. ナブル 24
わたしは女 27. ポケット 28
肉の芽 30. けだもの考証録 32
胃袋同盟 35
第四詩集『指話』(一九八一年)より
指話 39. オフィス 39
天邪鬼(あまんじゃく)・呪い唄 39 記念写真 41
アカイ背をもつ被爆の記録
五篇 −広島・長崎・原子爆弾の記録から− まっすぐな日 42
即死 43 ゆびがもえる 44
にげる 45 ミテイル 46
ルポルタージュ・岩国−2・22岩国集会に参加して− 47
第五詩集『貘の餌箱』(一九八三年)より
花がうつくしいのは 50 〈永遠〉に舐められた日の回想録(メモリアル) 50
形代(かたしろ) 51 貘の餌箱 53
鉱山(やま)の木曽川・天竜川 54 カヤノサンのユカタ 55
ダイ・イン 57 食生活に生かされる日本のこんにゃくの八つめの効用 57
第六詩集『ミッドウェーのラブホテル』(一九八六年)より
ミッドウェーのラブホテル 60. 到来する高齢化社会の戸籍簿について 61
虫干し 63. 遺品の親指 64
まっさかさまのにおい 65. 切り口 67
カンガルーの話 68
第七詩集『木にかえす』(一九八七年)より
木にかえす 70. キスをする太陽 70
捨てた人 71. 憲法第十八条について −川崎重工の荷物たち− 72
片目の鎧戸 74. ムラサキツユクサのこと 76
第八詩集『オリの春』(一九八八年)より
所持品検査 79. 筆談 80
欅 81. 日照計 84
白い吊革 86. 読唇 87
オリの春 89
第九詩集『写撃者』(一九九一年)より
人体 90. 識別表示“T(アイ)”『飢えを喰らう』「死に行く子供たち」写真集より 91
小さな鏃(やじり) 93. おとうすの日 94
禁忌の構造 T 97. においのことば 100
第十詩集『罪の翻訳』(一九九九年)より
罪の翻訳 五篇. T 落花狼籍 103
V 翻訳作業 104 V Gook 106
W release 108 V 十字架のビン 111
ペリリュー島のタコノキ 115 爆心 117
閃光の味 119 パンパンは日本語だった 122
火炎樹の下で−キム・フックさんが語ったこと− 124
ホロコースト記念館で−アウシュビッツの囚人服− 125
餓死 127 サヤンドラ−核廃棄物海洋投棄に反対するフィジーの運動に連帯の意味をこめ−.129
冬の秤−森近運平生家を訪ねて− 130
第十一詩集『壁の日録』(二〇〇四年)より
足が落ちてくる 132
紅葉 133 抉られた大地のサキネのお家 134
薊 137 狐の剃刀 137
チューリップ 137 抱くもの 138
アフガニスタン断章 140 シタラ 141
水 144 聖地植物について−あるいはパレスチナの抱く記憶について− 144
わたしの世界史ノート 147 チベットの風景−いのちは平等だから− 151
壁の日録 151
第十二詩集『訴える手』(二〇〇四年)より
黄鍾(こうしょう)の律管 154. シエラレオネの破壊兵器 155
鈴木さんの椅子 158 訴える手 159
クリスタル・ナハト 160 玉島 163
鬼の棲処 164
第十三詩集『静かな朝』(二〇〇七年)より
はす 165 他人の鼓膜 165
踏み台 166 ギターの鼾 167
遺影 168 静かな朝 170
百日紅(さるすべり) 173
第十四詩集『ブッシュさんのコップ』(二〇〇八年)より
ブッシュさんのコップ 173
地面を向く銃 175 「トロイの木馬」−もしくは帰化植物の風景について− 77
Annoさんのワタクシと北朝鮮の私(サ)と 178
第十五詩集『国家の成分』(二〇〇八年)より
炭を焼く 179 「ムゴンカン」の絵の具箱 181
国家の成分 184 猪の風呂 189
瀬戸大橋 190 梶草樋之尻「嫁いらず観音」 191
戦場のあいさつ 193 歴史のフシギ 194
<ほとばかいとる〉共通語 195 〈遠くを視る〉もの 196
『無言館』の木と花と 198
未収録詩篇 十篇
ジヘイタイ 200 要(かなめ) 201
流人の草履 203 被爆太鼓 204
フリュートを吹く少年 206 ウミボタル 208
暗号 210 「ホイトモタレ」 213
柿の木のある風景 213 サラム〈人〉 214
解説・詩人論
「ほとばしる批判精神とたくましい生命力」 佐相憲一 218
「くにさだきみの詩世界」 石川逸子 224
「人間を不幸にする世界の構造を透視する人」鈴木比佐雄 230
略歴 248
暗号
市民会館の隅っこの席で、ハープの演奏を聞いており
ました。聞きながらずっと、わたしは〈暗号〉について
考えておりました。
ナマでハープの演奏を聞くのは初めてでございます。
人口五万の地方都市の市民会館に、竪琴が置かれるのも、
たぶん初めてのことではないかと存じます。ですので、
古代紫のストールを靡かせて、颯爽と登場してきた奏者
は、演奏に入ります前に、あらかじめ竪琴という楽器の
由来を説明なさいました。
――竪琴と申しますものは、紀元前三千年オリエント
文明の中で生まれた、大層古い楽器でございます。今で
はかように、四十七弦と七個のペダルをもつ、優雅な撥
弦楽器として完成いたしましたが、もとはと申しますれ
ば、強執な弦(つる)を一本だけ備えた、狩猟と戦(いくさ)のための弓な
のでございます。
武具としての弓が、しなやかに形を変え、爪弾く必要
から弦を増やして、四十七本の豊かな音色を整えますま
でに、幾星霜の歳月と、ひとの指の、どれほどの愛撫が
重ねられておりますことか――
秋篠宮家に参内し、紀子様ご胎教のご演奏を仰せつけ
られたというこの奏者は、(宮家でもおそらく、同じ効
果音を用いられたことでございましょうが)胎児の心音
をバックに流しながら、詩人ヴェルレーヌの〈秋の歌〉
を、静かに低いお声で朗読なさり、(どなたの作曲なの
かも寡聞にして存じませんが、)同じく〈秋の歌〉の曲
を、ゆっくりとハープで演奏なさいました。
――秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの/みにしみ
て/ひたぶるに/うら悲し――
演奏することで、かすかに揺らぐ竪琴は、フレームに、
まだ幾分かの弓の痕跡を止めてはおりますものの、すで
に弓からは遠い姿で、(とりわけ胎児の心音に呼応いた
しますとき)その揺れ方は、まるで揺藍そのもののよう
な、ふしぎなやさしさに変ってしまうものでございます。
もしかして、市民会館の隅っこの席が〈非常口〉にい
ちばん近い座席でなかったならば、またその〈非常口〉
からの暗い通路が、かび臭い図書館の書庫へと、直接つ
ながってさえいなければ、わたしは、あのように〈秋の
歌〉の原語のことを思いおこすこともなく、まして〈暗
号〉の記憶を蘇らせることもなかったろうと思います。
〈非常口〉と申しますものは、第二次世界大戦に遭遇い
たしましたわたしどもにとって、非常時への新たな入口、
もしくは出口とも思え、ゾクゾクするような寒さに出会
うところなのでございます。
ともあれ、わたしの座席には、たしかに書庫からのも
のと思える、あのかび臭いひややかな風が、たえず〈非
常口〉から吹きこんで参りました。
――れさんぐろろん/でびおろん/どろうとんぬ/ぶ
れっすもんくうる/でゅぬらんぐうる/ものとうんぬ
――
フランス語について、全く無知なわたしが、その書庫
に無断で入り、月遅れの雑誌をめくって、〈秋の歌〉の
原語らしきものに出会いましたのは、湾岸戦争開戦の翌
月のことでございました。
そして、その書庫の奥深く眠る、禁帯出の一冊の書物
で、ヴェルレーヌの〈秋の歌〉を朗読することが、ノル
マンディ上陸作戦の指令を意味する〈暗号〉だったと知
りましたときは、目の前が暗くなるほどの驚きにかわり
ました。書物はたしか――イマージュの冒険――と題さ
れておりましたが、果して〈暗号〉は――イマージュの
冒険――のみに終わるものでしょうか。
――れさんぐろろん/でびおろん……――
舞台では、胎児の心音に呼応して、こころよく揺藍がゆ
れております。
社会科学の法則からしても、竪琴がふたたび、鉉一本
の弓に戻ることはありますまい。
しかしながら、ヴェルレーヌの〈秋の歌〉は、すくな
くとも今世紀ノルマンディ作戦において、五千隻の艦船
と、十七万の上陸部隊を動かした、すぐれて強力な武器
だったことに間違いはございません。
〈非常口〉からは妙にキナ臭い空気が、吹きこんでく
るものでございます。
所詮、戦場というもの、一木一草、殺すか殺されるか
に作用して働き、武器ならざるものとてはございますま
い。
〈暗号〉と申しますものも、平素優しければやさしい
ほど、鋭く凶器と化するものでございましょう。
〈秋の歌〉は、まことにそういう、哀しい詩(うた)なのでご
ざいました。
1955年の第1詩集から2008年の第15詩集までの抜粋に未収録詩篇を加えて、130篇を網羅する、くにさだきみ研究には必読の詩集だと思います。ここでは未収録詩篇から、著者にとっては数少ない散文詩を紹介してみました。〈ヴェルレーヌの《秋の歌》〉が〈ノルマンディ作戦〉の〈暗号〉で、〈すぐれて強力な武器だったこと〉を改めて思い出しています。〈《暗号》と申しますものも、平素優しければやさしいほど、鋭く凶器と化するものでございましょう〉という視点に斬新さを感じた作品です。
なお、本詩集中の「静かな朝」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせてくにさだきみ詩の世界をご鑑賞ください。
○季刊詩誌『詩と創造』70号 |
2010.1.20
埼玉県所沢市 書肆青樹社・丸地守氏発行 750円 |
<目次>
巻頭言 詩の良心 ポランスキー事件を問う 石原 武 4
詩篇
代書大のシソーラス(thesaurus) 嶋岡.晨 6
光の矢 原子 修 9 言霊頌(スピリトゥスしょう)−ロゴスのかなたに 内海康也 12
古靴 相沢正一郎 14 音もなく雨が…… 清水 茂 16
晩秋/湖 山本沖子 18 チンダレ――空と風と星の詩人に 河津聖恵 21
プラム 橋本征子 24 人間 菅野千代 27
雲 少年と老人と 松木定雄 30 超氷河期 長瀬一夫 33
風は記憶 福士一男 34 母 ……細部に宿って(V) 岡崎康一 37
行くへも知らぬ 岡山晴彦 40 情景――哀しみの眼 丸地 守 42
詩集賞特集 第八回「現代ポイエーシス賞」「詩と創造賞」特集 46
エッセイ
言語主義を超えて−愚者の断想 嶋岡 晨 70
私のアルス・ポエチカ(4) 内海康也 73 往生際の時間(七)「きみはダメだなあ」 北川朱実 76
美術舘の椅子 美しきアジアの玉手箱 シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名画展−を見て 牧田久未 80
プロムナード
崔泳美さんとのひととき こたきこなみ 84 名作を疑う 黒羽英二 85
現代詩時評 一九八〇〜九〇年代を大きな分岐点として 古賀博文 86
海外詩
『雪水(スノウ・ウォーター』と「北」(4) マイケル・ロングリー 水崎野里子 92
稲は稲同士、ヒエはヒエ同士/国境のない工場他 ハ・ジョンオ(河鐘五) 韓成禮訳 98
他郷/雨に降られる椅子他 ペ・ハンボン(裴漢奉) 韓成禮訳
臭いの所有権/母の糸巻他 チャ・ジュイル(車週日) 韓成禮訳
新鋭推薦作品 「詩と創造」2010新鋭推薦作品 108
言ってくるものたち 清水弘子/夢の余白 松本ミチ子/存在の気配 金屋敷文代
研究会作品 112
わたしは終らない 司由衣/さようなら、ユリシーズ 弘津亨/しきたり 鮮一孝/忘れられた少女 宮尾壽里子/窓 仁田昭子/上着 寒川靖子/終行 万亀佳子/草原 颯木あやこ/いつか 太田美智代/蜩 室井大和/上人ヶ浜 宇宿一成/黒猫と白蛇 尾崎淑久/青い風 池上耶素子/桜 香咲萌/刻みつけても 植田文隆
選・評 丸地 守・山田隆昭
文明の食欲/ペ・ハンボン(裴漢奉) 韓成禮(ハン・ソンレ)訳
服の食欲は
旺盛だ、性欲より睡眠欲より力が強い
私は服の腹を肥やす糧食だ
靴下をはくと、足が
消える、靴下が、足を食べた
左足を食べたズボンが
右足を押し入れると右足まで
食べてしまう
左腕を入れれば左腕を、右腕を入れれば
右腕を食べるジャケット
噛みもせず
呑み込んでしまうジャケット
私は今や肩も胸もない
私は今や一着の服だ!
通りに人を取り揃えて着た
服たちがふわふわと歩き回る
さらには犬や猫を取り揃えて着た服もある
朝から旺盛に私を全て食べた服は
夕方になれば
私を
生産する
生きている限り私は
絶えず生産され、絶え間なく
消費する
「海外詩(韓国)」より紹介してみました。〈私は服の腹を肥やす糧食だ〉という発想がおもしろいと思いました。たしかに〈靴下をはくと、足が〉、〈左腕を入れれば左腕〉が〈消え〉てしまいます。それを〈食べてしまう〉〈呑み込んでしまう〉とした見方が新鮮です。〈犬や猫を取り揃えて着た服もある〉というのもおもしろいですね。作者は1962年生まれのようで、詩の国・韓国の若い力を感じた作品です。