きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2006.10.22 山梨県立美術館




2006.11.18(土)


 夕方、静岡県小山町の総合文化会館へ行ってジャズを楽しんできました。トロンボーン・デュオの「E'nJ ジャパンツアー2006」というタイトルです。米国を中心に活動している中川英二郎とジム・ピューのトロンボーン・デュオ、それに地元小山町・御殿場市のアマチュアジャズ&フュージョンビッグバンド「アウト・オブ・フレーム」のジョイントコンサートでした。実は、ジム・ピューは、米国に音楽留学している姪のトロンボーンの先生とのこと。親戚中に動員が掛かったというわけです(^^;

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 写真はデュオのお二人。もちろん会場は撮影禁止ですからパンフレットの写真を使わせてもらいました。演奏は一言で言って、良かったです。半分はアマチュアの公演とはいえ、3時間に及ぶ熱演は感動ものでした。しかも1500円! 費用対効果を考えたら信じられない入場料です。小山町自主文化事業と銘打っていましたから、町から資金が出ているのかもしれません。
 ちなみに曲目は Someday My Price Will Come、Bolivia、Leave It To Beaver、Shiny Stockings、Spain、Gospel John、Autumn Leaves など。Spain、Autumn Leaves 程度しか知りませんけど、ジャズは初めて聴いた曲でも胸に染み入ります。秋の夜長のコンサート、何か得をした気分になった土曜日でした。



堀内みちこ氏詩集
『小鳥さえ止まりに来ない』
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2006.10.7 東京都新宿区 思潮社刊 2200円+税

<目次>
水蜜桃 10                 死んだふりして 12
ピュアなむすめたちへ 16          黒い天使 18
永遠の孤独 20               時代は変わる 22
オレンジの花の香り 24           少年の日 28
旅立つ冬 32                腕時計 34
透明な乗客 38               冬の灯 42
青い薔薇のコーヒーカップ 46        弟のための花のベッド 50
にびいろの夕陽 54             少女時代 58
ダイヤモンドの夜 64            月光のオートバイ 68
こちら・・・ 72              レベッカ 78
洗濯船 84                 小鳥さえ止まりに来ない木 86
魂の自画像――あとがきにかえて 90     本文カット、装画=著者



 時代は変わる

風呂屋が消えた
煙突も消えた
赤い ゆ の字の
のれんも消えた

疲れを流した場所には
マンションが建った

何十個か百個かバスタブが
横にずらり縦にも浮いていて
ひとびとは
てんでんばらばらに入浴している

赤い ゆ の字の
のれんは
夕焼け空ではためく

むなしい気持を雲に語る
充分に役目を果したよと
慰めて欲しいから

 『空想カフェ』という個人詩誌も発行する著者の空想力、想像力にはいつも瞠目させられていますが、この詩集も例外ではありませんでした。紹介した詩は、本詩集の中では短い部類の作品ですけど、この身近さの中に詰まった想像力には驚かされます。「何十個か百個かバスタブが/横にずらり縦にも浮いてい」るなんて、凡人にはなかなか想像できないのではないでしょうか。最終連の「のれん」の気持も佳いですね。著者の本質的なやさしさを感じます。
 本詩集の中の
「洗濯船」はすでに拙HPで紹介していました。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて堀内みちこワールドをお楽しみください。



中堂けいこ氏詩集『枇杷狩り』
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2006.11.20 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 水系
消し家屋 8                枇杷狩り 10
日溜り 12                 うりうはら 16
水深 20                  傘のない日 22
爪切り 26                 海牛 28
 散花
グッバイ 32                備えよ「ナナ」 36
七色仮面 38                芥出しのリアリティ 42
月夜 46                  植祭日 48
白蛇 52
 詳地図
狐の絶える 56               Jaune Brilliant 58
ヤマネコ 62                ジェイムズにちなんで 66
ヒトデ草および雌雄について 70       丘の上 76
すぎこし 80
あとがき 83



 すぎこし

この扉をひらくと明日があるのだと
教えたのは父さんです
あれからどれほど扉をあけたてしたことでしょう
今ではすっかり蝶つがいがゆるみ
戸板もうすくなって
ときおり祖父母のうしろ背がすけて見えたりします

開けたとたん明日は今日になり
うしろ方で昨日がしまります
ぱたんぱたんとあけたてするだけの日々が続き
それでも わたしも生身の人間ですから
後ろ手でしめる時に うっかり
右腕やふくらはぎを挟んでしまいます
でも ちっとも痛くないのです

これらはすべて夜の眠りの合間に起こる出来事なのですが
後ろの扉の半身が気がかりで
夜具をしっかり首に巻きつけ
胎児の形に横たわり
わたしの右腕やふくらはぎが追いついてくるのを待つのです

 2004年度第13回詩と思想新人賞の副賞として出版してもらったという、何とも羨ましい詩集です。紹介した詩は、詩集の最後に置かれている作品です。タイトルの「すぎこし」とは、過越と書き、ユダヤ教のお祭りで、日本の正月にあたるもののようです。「この扉をひらくと明日がある」という最初のフレーズは、そう考えるとわかり易いかもしれませんね。「開けたとたん明日は今日になり/うしろ方で昨日がしま」る日常。「右腕やふくらはぎを挟んでしま」うトラブルは、「胎児の形に横たわ」って回避する、あるいはその形で向き合う、それが人生なのだと謂っているように感じました。
 本詩集の中では
「日溜り」を拙HPで紹介していました。ハイパーリンクを張っておきました。本詩集とはちょっと違った部分もありますが、雰囲気を味わっていただければと思います。



若山紀子氏詩集『握る手』
21世紀詩人叢書・第U期21
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2006.11.20 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
握る手 6      月の匂いが 12
さびしい夕日 16   Kのこと 20
酷暑の中の七歳は 24 「みんなの海」 28
冬の花火 32     迷宮――リカちゃん人形のおうち 36
車椅子を押しながら40 へんしん 44
酒の肴は 48     今吹く風 52
とびら 56      MRI 60
檸檬 64       三月のうた――流れ星 68
闇のなか 70     紫いろの切符を 74
暮色 78       独り居 82
最後の貌 86     洩れつづけているもの 92
あとがきにかえて―― 96



 握る手

地下鉄に乗っていた
幼女の手をひいていそいで乗った人が前の席に坐った
ドアが閉って動き出すと
突然女の子が奇声を上げて立ち上った
姉なのか 母なのか の手を
しっかりとつかんで喚いている
怯えている
 大丈夫よ! 大丈夫
としきりに宥めている
どこか障害があるらしい
顔色も悪い
目が合ってしまったので わたしも
大丈夫だよ と
小声でいった

地下鉄を降りて歩き出すと
たくさんの人込みの中
いつの間にか小さな手が
わたしの手をしっかりと握っている
どんどん歩いた
大丈夫ダヨネ?
大丈夫 と頷く
階段を上っていく
デパートの中はキラキラしていた
円い大きな風船がゆらゆらしている
突然 ぼん!! と音立ててはじけた
キャー とわたしが叫んでいる
気が付くとわたしが幼女になっていて
どんどん手を引っぱられて歩いていた
頭のなかがぐるぐるして
枯木や小さな虫がいっぱいいる
コワイヨォー
 大丈夫よ
と手を握った人が云った

一枚の写真がある
赤い帽子をかぶって
口をぎゅっとむすんで
不安げな眸をした女の子が立っている
弟の手をしっかりと握って
男の子は少し口をあけて
泣きそうな顔をしている
死んだ母の くせのある字で
六歳、三歳と書かれたインクの字が
あおく滲んでいる
病弱だった母はこのころ
入退院を繰り返していた
この写真を撮ってくれた人は
随分あと
精神を病んで亡くなった と
人伝てに聞いた

握る手は
 もう無い

 巻頭のタイトルポエムを紹介してみました。「いつの間にか小さな手が/わたしの手をしっかりと握ってい」て、「気が付くとわたしが幼女になってい」るという展開が見事だと思います。子供のうちは誰かの手を握り、大人になってからも誰かの手を握る。そして最後は「握る手は/ もう無」くなってしまう。そんな人生の推移を結晶させた佳品と云えましょう。
 拙HPでは本詩集の
「酒の肴は」「独り居」をすでに紹介していました。ハイパーリンクを張っておきましたので合わせてご鑑賞ください。



田中眞由美氏詩集『指を背にあてて』
21世紀詩人叢書・第U期23
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2006.11.20 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

<目次>
 狩られるもの
ねじれ 8      あかい川が 12
追跡者 16      個性 20
届かない指令 24   銀河 28
少しずつ 32     あかい星 36
見なれぬ命 40    升屋町 44
 指を背にあてて
蚯蚓 50       傷 54
バベルの塔 58    壁 62
不安 66       痛みの在り方 70
秘密 74       闇のなかで 78
 東の森
シーソーがゆれて 84 蒔かれるもの 88
飲み下す 92     ひそかに 96
銀の鳥 闇の鳥 100
. 東の森 104
ふたつの旅 108
 あとがき 114



 秘密

ナイフを研ぐ
指を背にあてて

わずかに滲む ちょくせん

入念にしらべ尽くした候補地は
白地図に 紅の まる

オイタモノ・オサナイモノ を
先に狩る それから

秘密が混ぜられ

噛み砕いて 飲み込んだ
一気に 流し込んだ
おもわず 吸い込んだ
気づかれずに忍び込んだ《も・の》たちが
少しずつ 少しずつ 降り積もって
内部から 遺伝子に
己の存在を
主張する

少しずつ 少しずつ
ヒ・ト でなくなったぼくたちが
<ちきゅう> に
充ちはじめている

 5年ぶりの第3詩集です。紹介した詩は詩集タイトルともなった第2章「指を背にあてて」の中の作品で、ここから採られていることが判ります。「オイタモノ・オサナイモノ を/先に狩る」行為は経済優先の社会を現し、「少しずつ 少しずつ/ヒ・ト でなくなったぼくたち」の近い将来を暗示していると思います。本来、物・者や人は分割できないはずですが、それを「《も・の》」「ヒ・ト」と分解しているところにこの詩の怖さを感じさせます。「指を背にあてて」「ナイフを研ぐ」者たち、「遺伝子」さえも自由に操ろうとする者たちへの抵抗の詩であり詩集だと読み取りました。
 詩集中の
「追跡者」はすでに拙HPで紹介しています。これも佳い詩です。ハイパーリンクを張っておきましたので、田中眞由美詩の一端をお楽しみください。



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