きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.8.5 長野
戦没画学生慰霊美術館「無言館」
 

2005.9.11(日)

 「丹沢・大山詩の会」会員・古郡陽一さんの詩とエッセイ集『峠』の出版記念会が厚木ロイヤルホテルでありました。私も解説を書かせていただいた関係から呼ばれまして、喜んで馳せ参じました。古郡さんは一部上場企業の重役ということもあって、会社関係の人も多く集まって、我々がいつもやっているような出版記念会とは違った面白味がありました。

    050911.JPG    バンドの演奏があったり、作品をプロジェクターで映写したりで、下働きをしてくれる人の層が厚いことを感じました。120人もの人が集まりました。私も挨拶をさせてもらったのですが、背景にはプロジェクターで映し出された自己紹介。あれ!? と思ったら、拙HPの「自己紹介」からの転載でした。さすがにやることがスマートで、ソツがないですね。

 写真は古郡ご夫妻の謝辞。作品には奥様の多く登場しますが、作品から受ける印象通りの夫思いの佳人でした。謝辞の前にはバンド演奏でのデュェットもあって、アテラレましたね(^^;

 会場が厚木ということで、地元の大貫裕司さんもお見えになり、席も隣同士でした。ずいぶん久しぶりにお会いしましたので、会がハネたあと、二人で近くの居酒屋で呑みました。何年ぶりだろう? もう3年ぐらいは顔を合せていなかったかもしれません。これも大きな収穫でした。
 古郡さん、大貫さん、ありがとうございました。

 と、話はここで終らなくて、続きがありました。同じ職場の女性のご主人が亡くなって、夕方は御通夜。おめでたいこととご不幸と、同居した一日で、ちょっと慌しかったですね。




前原正治氏エッセイ集『詩圏光耀』
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[新]詩論・エッセー文庫(5)
2005.9.30
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
1400円+税
 

  <目次>
   T 美と生命
   現代詩の美意識点描 12
   漂白された闇の奥で――現況と美意識 25
   現代詩において抒情は可能か――日本の詩の抒情の意味と行方 35
   戦時と詩作についてのノート
     T・『辻詩集』を中心に 44
     U・昭和十年代の詩表現の一断面 54
   地方詩誌の今日的意義――東日本の詩誌の歴史と動向から 58
   生命
(いのち)の全体性――その揺らぎと連関について 69
   丸山薫のこと――ミュゾット・能代・岩根沢 83
   石井昌光――その詩人としての光芒 88
   美への巡礼詩人 成田 敦 93
   尾花仙朔――生と死の霊の間の橋懸かりで 98
   北村初雄の世界――その <アポロのトルソ> の輝き 107

   U 詩想断章
   子供時代 その心の拡がり 112
   微笑について 113
   成長期の教養 115
   詩を読みはじめる若い人へ 116
   生命を鳴らす 118
   本能と制御 スズメバチの生態から 119
   「自然」の世紀へ 120
   詩の思想 122
   宗教の形相
(けいそう) 122
   二十世紀の狂気 123
   集団的忘我に抗す 125
   自由について 126
   戦争と断罪 127
   奪われた言葉 128
   骨を拾う 129
   大戦とドイツ人作家 130
   幻影の馬 132
   <生きる力> 133
   地方と芸術創造への一視点 134
   地方書店の崩れ 136
   想像力を生きる 138
   美を統
(す)べる距離 139
   <新しさ> とは何か 140
   詩の国際化と <地方> 141
   現代詩を外に晒す 143
   W・B・イェイツ瞥見 144
   江戸期の近代詩 146
   宮城野からの藤村 147
   「雨ニモマケズ」別考 150
   他句一句 151

   V 自伝的詩遍歴から
   詩作への出で立ちを前に 156
   私の詩的夜明け 158
   「地球」に至る遍歴から 162
   めまいの凝固 164
   尾去沢通信 166
   中心の空無化――一九八〇年夏・詩集『光る岩』の周辺で 170
   心の風土とその目覚め 183
   現況を視
(み)
     世界と地方 186
     川辺にて 187
     生活の深みで 188
     経験からの想像力 189
     『現況の歌』上梓 190
     詩作の現場 191
     <詩の芸術性> と <地方> 192
     回復期 193
     死の変容 194
     国家と個人 194
     妙なる調べ(わがローレライ) 195
     人生の半ばを過ぎて 196
     詩人の交流 197
     この世こそ <六道> 199
     介護の断面 200
     職を辞す 201
     誑
(たぶらか)す 202
     日本詩人クラブ仙台大会 203
     心に刻む 203

   初出一覧 204
   あとがき 208



    本能と制御 スズメバチの生態から

 かつてスズメバチの生態・行動を克明に追っているテレビ番組をみたことがある。女王蜂から、その部分的コピーとして次々に生み出された蜂は、それぞれ固有の、限定された任務遂行に没入する。出入り口を常に見張っているもの、外敵が或る一定の距離まで近づくと歯を鳴らして威嚇するもの、樹液を吸いつづけて飛べないほど体重を重くしているもの、その貯蔵タンクのような蜂から液を吸い出して巣へ運ぶもの−一匹一匹が、それが属する巣という全体的世界の一片であり、一分子なのである。

 スズメバチの超攻撃的性格は、凶悪な蟷螂(かまきり)を切り刻んで肉団子にしたり、わずかな数で何万という集団で防御的戦闘をする蜜蜂の頭や羽を食い切って巣箱に侵入し、巣箱の内部を徹底的に破壊し尽くすという行動に示されているが、私の最大の驚きと衝撃は、巣の異なるスズメバチ同士が相手を殺し切るまで闘う姿であった。樹上や空中でもつれ合い、絡み合って地上を転げ回り、相手の頭と胴体を切り離し、相手を食糧としての肉団子にして、やっとその死闘は終わるのである。

 それまで私は、書物の知識から、同種間の動物は絶対に殺し合わないと固く信じていた。例えば狼は、争っても、敗者があお向けになって喉を突き出して勝者への恭順を示すと、勝者の狼が牙をむいて相手の喉を切り裂こうとしても、その上下の牙はどうしても噛み合わないという。あの番組をみて、人間以外の動物は同種間では殺し合わないという私の動物神話は崩壊した。それでも、スズメバチの殺し合いは、スズメバチという全体的種の保存のための、数の制御という自然の配慮なのだろうか。けれど、天使と悪魔を心に併せもち、自然を屈服させ得ると考えている人間同士の殺し合いとその歴史は、何の、そして何のための配慮なのだろう。

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 紹介したのは「U 詩想断章」の中にあったエッセイで、初出一覧によれば1997年7月に『河北新報』の「計数管」というコーナーに載せられたもののようです。原文からHPの画面に合せるため改行位置を自動改行に変更し、段落では1行アキとしていますこと、ご了承ください。またルビは( )内に入れてあります。

 新聞向けということで読みやすく判りやすく書かれていますが、内容は深いと思います。私もこの「テレビ番組」を記憶していて、確かNHKの特集だったと思いますが、衝撃を受けました。私が受けた衝撃はスズメバチの獰猛性についてでしたが、ここでは「人間以外の動物は同種間では殺し合わないという私の動物神話は崩壊した」と述べていて、この観点は私には不足していました。さらにもう一歩進めて「スズメバチという全体的種の保存のための、数の制御という自然の配慮」であるなら、「人間同士の殺し合いとその歴史は、何の、そして何のための配慮なのだろう」と結んでいる点は見事だと思います。同じ番組を見ていても、著者と私とではこれだけの差がついてしまうのか、ということにも衝撃を受けたエッセイです。

 目次でも判りますが詩論が充実しています。しかしそれ以上に、著者の詩論の根源たる「U 詩想断章」は眼を見張るものがあると思います。ご一読をお薦めします。




新・日本現代詩文庫32『皆木信昭詩集』
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2005.9.30
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
1400円+税
 

  <目次>
   詩集『望郷の歌』(一九六四年)より
   望郷の歌 10              くろぼく 12
   夢――定時制高校生徒と共に− 10    修学族行 15
   この若人たち――定時制高校生徒――11  真夏の断章 21

   詩集『遠い秋』(一九八一年)より
   空                   鍵穴 34
   たそがれ 24              道の顔 35
   視界 26                遠い道 37
   ミヤマヨメナ 27            夕映え 39
   五月のメルヘン 29           真一文字の夏 41
   窓 30                 かいころ狐 42
   柿の実・ふる里 31           遠い秋 43
   透明度一〇〇〇 33

   詩集『明り』(一九八四年)より
   麦踏み 44               こむぎまんじゅう 53
   風 45                 炒り紛 55
   わくらば 47              麦・鎮魂 58
   夏まや 49               麦めし 60
   ごけだおし 50             オクリオオカミ 62
   かがし 52

   詩集『横仙』(一九八七年)より
   木背 65                いなばの魚売り 77
   ひきがえる 66             荒神さま 78
   横仙 68                トウクロウ 80
   野仏 70                どん炭 82
   水車 71                まや 83
   池 72                 二輪草 85
   ごんげ 74               屋号 86
   せんぶり 75

   詩集『定年』(一九九二年)より
   回転木馬 88              風船 93
   無辺の空 88              手紙 94
   わたりがに 89             目ん玉 95
   さざんか 91              てのひら 97
   苦しいのだよなあ 92

   詩集『ごんごの渕』(二〇〇二年)より
   夜みち 98               石臼 112
   極楽  100               春雪 113
   水の雫  102              みみずく 114
   峠の乢(たわ)  103           田ぐさ取り 116
   水溜め  105              ゆうすげ 117
   田ごしらえ  106            村の人 118
   雨乞い  108              こうかの花 120
   元旦  109               業 121
   雪  111

   詩集『ごんごの独り言』(二〇〇四年)より
   出征  122               竹槍 131
   訣別  124               鐘 132
   手間がえ  125             帰郷 133
   松根掘り  126             迎え火 134
   祖霊  127               麦踏み 135
   観音さま  128             かしわもち 136
   庚申さま  129             検見 138

   エッセイ 時節・ことば・私
   一月・親しむ  142           七月・読む 書く 149
   二月・耐える  143           八月・祈る l50
   三月・望む  144            九月・さわやか 152
   四月・やさしい  146          十月・聴く 153
   五月・湛える  147           十一月・燃える 154
   六月・注ぐ  148            十二月・省りみる 155

   解鋭
   井奥行彦 奈義町と地域の詩について 158
   岡 隆夫 ごんごの詩人 皆木信昭 163

   年譜 170



    
      
かね
   お寺の梵鐘に召集令状がきた
   梵鐘が戦争に行くことになった
   ばあさんはびっくりこいた
   子どもの頃に檀家が金を出し合うて
   造った鐘だそうだ
   今日一日ごくろうさん
   晩の鐘が鳴らんようになる
   除夜の鐘の音が聞こえんようになる
   淋しゅうなるなあ
   ばあさんは独り言をつぶやいた

   ばあさんについてお寺に行った
   境内は黒山ができるほどの人で
   国民服に戦闘帽の住職が
   出征していく鐘に向こうて
   恭しく礼をして最後のひと突き
   いつもなら ごーん と聞こえるのに
   いかーん と聞こえた
   大勢寄ってたかって下ろそうとしたけど
   ちょっとやそっとで下りようとしなかった

   やっと下ろいてこんどは荷車
   ここでも駄々をこねてみんなを困らした
   住職や総代の人に付き添われて
   汽車の駅までゆられて行った
   車の輪が石に乗り上げて傾いて
   元に戻るたんびに
   いかーん いかーん
   小んまい声で言うとるように
   ごんごには聞こえた

 最終連で出てくる「ごんご」とは河童のことで、岡山県の方言のようです。紹介した詩は最新詩集『ごんごの独り言』に収められていますが「お寺の梵鐘に召集令状がきた」ことに驚いた「ばあさん」に代表される当時の人々の思いがよく伝わってくる作品です。「いつもなら ごーん と聞こえるのに/いかーん と聞こえた」ところには「出征していく鐘」自身の嘆きが現されていて、この作品の中で最も核となる部分だと思います。馬鹿げた戦争の足音が再び聞こえる今、考えさせられる作品だと思いました。




新・日本現代詩文庫34新編 佐久間隆史詩集』
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2005.9.10
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
1400円+税
 

  <目次>
   詩集『匿名の外来者』より
   日暮れに ・10        白い壁 ・14
   祈り ・10          抗告 ・14
   斜面にて ・11        或る悲しみから ・15
   ささやかなこと ・12     老教授 ・16
   私は散歩する ・12      或る夏から ・17
   異郷の地にて ・13      途上にて ・18

   詩集『「黒塚」の梟』全篇    V
    T             一九七六年十四月 ・30
   沈黙の蝉 ・19        「秋成」考 ・31
   梟という字をめぐって ・19  「黒塚」考 ・32
   オホーツクの花 ・20     デッサン ・33
   熱海錦が浦 ・21        W
   樹上の梟 ・22        蚊柱 ・34
   白髪の小児 ・23       汗かく石 ・35
   わが「黒塚」 ・23      火葬場のある風景 ・36
    U             戸塚中田町 ・37
   オオマツヨイグサ ・25    あじさい ・38
   或る日 庭で ・25      北国 ・39
   銀色の糸 ・26         補遺
   或る夏の日 ・27       一日の片隅で ・39
   かなかな ・28        心おののける日に ・40
   炎上 ・29          あとがき ・41

   詩集『定型の街 遙か遠く』より
   わが「遠野」より ・42    舟 ・52
   深い眠りの底から ・44    武州武甲山 ・53
   定型の街 遙か遠く ・46   鱈ちり ・54
   内なる秋田をめざして ・46  或る日 街で ・55
   聳え立つ樹々 ・48      渋谷宮益坂にて ・56
   野原に病む ・50       ことば峠にたたずむ人に ・57

   詩集『日常と非日常のはざまにて』より
    T
   井戸とA氏 ・59       風呂場と心 ・68
   一老女をめぐって ・60    新宿にて ・69
   幻の小鳥 ・61        日常の扉に手をかけて ・70
   白い心 ・62         綺譚 ・71
   蝉 ・64            V
   墨東にて ・65        山とA氏 ・72
   土蔵が原 ・66        白い祝祭 ・73
    U             A氏と雪女 ・74
   多摩川で ・66        日常のはざまにて ・76
   野の会話 ・67        告別 ・76

   詩集『蝉の手紙』全篇
    T             伝説 ・86
   椅子 ・78          喪失 ・87
   テイルランプ ・79       V
   寡婦 ・80          貨車 ・88
   蝉の手紙 ・81        シーソー ・89
   象徴 ・82          幼年 ・90
    U             蚊帳 ・90
   新宿南口 榊原記念病院 ・83 峠のキリギリス ・92
   闇の声 ・83         断章 ・93
   路上にて ・64        迎える ・94
   カラス ・85         あとがきにかえて−アゲハを求めて ・95

   詩集『花の季節に』より
    T             合掌 ・104
   凧 ・96           わが家の点燈夫 ・105
   細道 ・96          綺談 ・106
   祖母 ・97          戯詩 ・107
   鬼灯(ほおずき) ・98      V
   壇之浦、逍遥 ・99      声 ・109
    U             津軽幻想 ・110
   花の季節に ・100       雪の岬にて ・111
   過失 ・101          わが家のインコの名前は「ガー子」です ・113
   ひぐらし ・102        わが祈念 ・114
   別れ ・103          わが綺談 ・115

   詩論・エッセイ
      、、、
   詩といのちについて ・118
   寸感−蘇東坡をめぐって ・120
   虚無と怪異−『雨月』をめぐる覚書 ・121
   居場所と文学とのかかわりについて ・123
   詩と旅−誰か家郷を想わざる ・126
   詩と西田哲学−名作はなぜある日ふと生まれると言われるのか ・133

   解説
   内山登美子 「持たされた詩」の日常と非日常 ・142
   冨長覚梁 含羞のなかの大きな可能性 ・147
   成田敦 非現実性に生の根源をたどる ・152

   年譜 ・156



    ささやかなこと
      ――ある女に

   ふたりでビールを飲んだ時のこと
   おまえはあまりにも無器用であったから
   つぎそこねて
   わたしの前でそれをこぼしてしまった

   わたしは おまえの戸惑いと
   あわてるであろうその姿が あまりにも痛々しく
   見るに堪え得なかったから
   「ああ いいんだよ
   ビールをこぼすのも一つの才能なんだから」
   わたしはとっさにそう言っていたと思う

   まったく おまえにとっては
   ビールをこぼすことが一つの才能であったのだ
   おまえは ビールをこぼすと
   一層美しく見えるような
   そんなひとであったのだから

 1967年刊行の第一詩集から2004年の『花の季節に』までをほぼ網羅しています。ここでは第一詩集から「ささやかなこと ――ある女に」を紹介してみました。『匿名の外来者』は著者25歳の詩集ですから、作品は20代前半で書かれたものと思われます。初々しいのは当然かもしれませんが「ビールをこぼすことが一つの才能」と捉えるところに著者の本質的な優しさが感じられ、この時期からそれが表出していたのかと感嘆してしまいました。「おまえは ビールをこぼすと/一層美しく見えるような/そんなひとであった」というフレーズは、特定の「ある女」について書かれていますが、実はこの視点はあらゆる人に対してのものだろうと思います。

 拙HPでは『花の季節に』から
「細道」をすでに紹介していました。ハイパーリンクを張っておきましたので、合せてご覧ください。また違った佐久間隆史詩を堪能できます。




津田てるお氏詩集『岬まで』
     misaki made.JPG     
 
 
 
 
2005.9.20
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
1500円+税
 

  <目次>
   * お別れピクニック 8  朝虹にあう 10
   ベンチにて 11       鬼歯が笑う 12
   母がくる日 14       コンニチハ 15
   大いなる別れ 16      六月の雨 18
   老人と海 20        この実を 22
   無 視 24         ある訪問客 25
   米をとぐ 26        母恋ひし 28
   わが図書館 30       一粒から 31
   すっぱい葡萄 32      ある怪談 34
   ほどほどに 36       祝いにきた人 38
   春のしらべ 40       今日は楽しい 41
   美ら海 42         一日一悲 44
   喜 び 46         わが「紫の君」 48
   赤い灯 50         セレナーデ 52
   旧友きたる 54       たそがれに往く 56
   夏の恋 60         (名づけられない)時 61
   チリリーン 62       椿 事 64
   愁いの椅子 66       噴火スル 68
   ダイヤ! 69        新しいのがお好き 70
   敬老される 72       ゴキちゃん 74
   * 拝 領 76       慶事でなく 78
   秋近し 80         ぶうらん 81
   蜜柑と海と人 82      驚嘆ばかり 84
   わが果樹園 86       わがシネマ 87
   歩くミイラ 88       あげたい! 92
   テレビよ今夜も 94     旧「ドラえもん」たち 96
   星は光り 98        ウォータin寒夜 100
   申年 去るか  102     酉年 来るか 103
   桜 酒  104        戦争は 104
   賞状きたる  106      二本のズボン 108
   月と女と犬 110      「大悲」 112
   時の渚  114        そぞろ旅へ 116
   素粒子の揺りかご  118   岬にて 120

   あとがき 124



    岬にて

   ずいぶんと 歩いてきたなあ
   明るい陽光と 大洋のすこし強い風のなか
   汗ばんでる

   もちろん その先端までゆかねばならん
   そして そこでゆき止まり 眼下は
   白波たつ断崖なんだ

   なんでか 空港の
   長い滑走路ににていて ここからは
   力をこめて跳躍せねばならん
   だがな しばらくは憩いたいもんだ
   (煙草いっぽん ウウン うまいな)

    右は 青い弧をえがく太平洋
    一三〇度ほどの 広大な視界
    左は 東シナ海 ですよ
   そう 連れのタクシーの運ちゃんが話してくれる… ここで

   (旅に病んで… のお笑い一席を
    けさ未明 一人旅のホテルの一室で
    顔がふるえ 腕が笑い 全身がわななく 歩けない
     <肉体よ 如何なる懺悔であるか かくも激しく!>
    フロシトを呼んで 救急車を!

    八時間「沖縄県立宮古病院」の天井ながめ
    点滴をうけました 若いキツネ眼鏡の女医さんは
    もう一日居なさい ムリデス…
    好意を無にして 脱出まがい タクシーで…)

   エヘヘ(ゴメンナサイ) これぞ旅の醍醐味!
   どうしてもと この長大な岬を訪ねたかった
   空へ 飛ぶか
   海へ 跳ぶか
   (そんな決断に強いられる)ところ

   けれど ちょっと休もうよ
   靴をぬぎ 足を投げ出している
   いつのまにか 半袖のシャツだ
   南島の強い陽射し
   健康に笑っている 白百合や薊の群生のなか …

   (古来稀れなり)とされた時間の突端も アソコ
    歩いたもんだ そして今 旅の終わりが近い
   (岬に 灯台はなんのために ありや?)

   太平洋のそよ風は 波長ながく強い
   だから すぐ そこなのに
   もう一息の 立ち上がる気がわかない

   ひとときを
   茫と遥と ゆらいでいる

 著者の第5詩集です。詩集の最後に置かれているタイトルポエムを紹介してみました。旅で「八時間」も「点滴をうけ」たことがモチーフになっていますが、「長大な岬を訪ねたかった」という意志との葛藤がおもしろいですね。
 本詩集に収められた作品のうち
「わが図書館」「祝いにきた人」「新しいのがお好き」「申年 去るか」「戦争は」は著者の個人詩誌『散葉集』に初出していて、拙HPでもすでに紹介していました。本詩集では初出から若干変っていますが参考になると思います。ハイパリークを張っておきましたので、合せてご覧ください。




古澤通悦氏遺稿詩集『彗星の唄』
     suisei no uta.JPG     
 
 
 
 
2005.9.20
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
2000円+税
 

  <目次>
   彗星 6          明珠 8
   囲炉裏火 10        夢を秘めて 11
   蕗のとう 12        花 14
   朱夏のひととき 16     夏の日に 18
   夜の幕舎で 22       都邑と廃墟 24
   曠野の風の日 26      曠野にて 28
   意識の地層 30       はじめに点が 34
   雨粒 36          旅の日から 38
   路 39           夏が去った日 40
   海辺にて 42        黄昏の刻 44
   回帰する陽光とともに 46  暗黒と灯 50
   大暗黒 52         秋と少年 54
   初冬 56          冬籠り 58
   冬の海峡 60        香煙 62
   瞬く星は 64        月の輝く夜 66
   停電の夜 70        眼球に写った幌馬車 72
   雪に埋む街で 74      月光の訪れ 76

    初出・再録一覧 80
    著者・古澤通悦略歴 82
    遺族よりのごあいさつ 83
    あとがき 86



    停電の夜

   不意に、閃光が走る。夜空を震動させる雷鳴……。
   電灯はあえぎを少し繰り返し、頼りなげに消えていった。
   暗く、重苦しいものが辺りに満ちてくる。
   薄墨色の風景が、窓からみえる。市街は物音もなく、モノクローム
   の霧のなかに沈んでいた。高層ビルも、そのシルエットを薄黒く浮
   きたたせ、骨を想わせる静けさだった。
   幾つもいくつも、そんなビルの影がみえる。どこまでも果しなく、
   黒い骨は点在して、群がり連なっている……。

   華やかに輝いていた市街の色彩は、一瞬にして断たれ、寒ざむとし
   たものがすべてを覆ってくる。
   訪れるであろう生から死への移行も、このように、その瞬間にすべ
   ては変りはて、思いもつかない世界がみえるのでは……。
   間もなく送電の復活があり、市街は何事もなかったかのように、華
   やかに明るく瞬いている。

   停電とともに現れた世界は、何処に去ったのだろう。いまは、その
   気配すらも見あたらない……。
   あの世界は、本当に何だったのだろう……。

 今年1月に77歳で亡くなった
古澤通悦氏の第3詩集で、宮沢肇氏や倉石長彦氏、遺族のご長女などによる刊行委員会で編集されました。
 作品は、通常、私たちが見ているものを別の角度から見ている、あるいは感じているというものが多く、本来、詩人が持つべき感覚をきちんと持っている方だなと思いました。その例として「停電の夜」を紹介してみましたが、「停電とともに現れた世界は、何処に去ったのだろう」というフレーズに驚きました。ただの停電を「骨を想わせる静けさ」として見ており、「思いもつかない世界がみえるのでは」と感じているわけです。この感覚は並ではありませんね。
 お会いしたことはありませんが、改めて優れた詩人を亡くしたのだと認識させられた詩集です。ご冥福をお祈りいたします。




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