きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2007.10.15 箱根・湿生花園のコウホネ |
2007.11.4(日)
地元のローカル新聞に頼まれていた詩を書き上げて送りました。15字20行という制約がありましたが、これは新聞紙上という特質でやむを得ないところです。私のリズムでは1行であるべきところを2行にしたりして、不本意な面はありましたが、まあ、それもしょうがないかなと思っています。1行が2行になることによって、仮に詩が崩れたとしたら、その程度の詩だった、という見方もできるかもしれません。
発売は11月23日だそうで、勤労感謝の日。タイトルもそのままズバリ「勤労感謝の日」としました。一般の読者が読んでくれるという意識で、タイトルから判りやすくしましたけど、ちょっと迎合しすぎかな(^^; 機会のある方はお読み捨てくだされば幸いです。
○新井知次氏詩集『丸くない丸』 |
2007.11.5 横浜市保土ヶ谷区 京浜文学会出版部刊 1500円 |
<目次>
T 丸の歩
願望 8 探す 10 うつぶせの夢 12
旅 14 窓 16 抱擁 19
オダマキ 20 さりげなく 22 何処へ 24
手のひらの星 26 パンタライ 28 親の背中 30
欅 34 伊勢路 38 足 42
風外伝 44 掘る 48 生傷 52
泣く 54 魚の目 56 馬の記憶 60
U パネルルーム
ぶかっこうな足 66 子守唄 68 幕開き 70
不等陸地 72 陰 74 魚の骨 76
海 82 春 84 窓のない唄 86
斜肩の頃 88 廊下トンビ 92 停年の風 94
停年 96 男と鏡の物語 98
V 夢の人
夢の人 104. 天使 108. 夢の中 110
ショートステイ.114 楽園 118. 鏡 120
カレンダー 122. 見舞い 124. 口紅 128
喪 132
あとがき 134
願望
ぼくはいつも完全な丸を書きたかった
もともと何もない出だしなので
フリーハンドで書く丸はいつも
どこか歪みが残った
毎日が日曜日になったので
今度こその思いがあったが別に
肩肘張らない気楽さのなかで
TVなど流しながらペンを握ったが
ニッポンは雲上の国だとか雑音が耳にはいって
あっけにとられた手の動きは
半径をどこまでも伸ばして
まるで丸にならない
気がつくと限りなく円は直線に近ずき
起点の帰るところが消え
手がさまよっている
特に断りがあるわけではないのですが、どうも第1詩集のようです。ご出版おめでとうございます。詩集タイトルの「丸くない丸」という作品はありません。おそらく紹介した巻頭作品の「願望」や「T
丸の歩」全体から採っているのではないかと思います。「願望」は「いつも完全な丸を書きたかった」のに「どこか歪みが残っ」てしまう失望≠描いていると云えましょう。その失望の元凶は「ニッポンは雲上の国だとか雑音が耳にはいって」きたことによると読み取りました。最終連の「手がさまよっている」事態が現在の日本なのかもしれません。
新井さんの今回の詩集では、拙HPですでに多くの作品を紹介していました。「手のひらの星」「親の背中」「生傷」「廊下トンビ」「停年の風」「鏡」などです。それぞれハイパーリンクを張っておきました。「手のひらの星」と「廊下トンビ」は初出からだいぶ変わっていますが、制作意図に変化はないようです。「願望」と合わせて新井知次詩の世界をお楽しみください。
○詩誌『たまたま』15号 |
2007.11.3 東京都多摩市 小網恵子氏方・たまたま本舗発行 300円 |
<目次>
■ 詩
おのめぐみ 出産タクシー 2
丸山緑子 おてだま・山神社 6
季 美子 おったあの島・人間ぎらい 13
吉元 裕 わかっているけど・斬り捨て御免ね〜本当に御免ねバージョン〜 18
富山直子 マグカップ・報告書 22
松原みえ 風・これは顔である・戦争 26
皆川秀紀 WORKS 06・OASIS 34
小網恵子 よく見える眼 38
● エッセイ
めがね/李 美子 41 コーヒー備忘録/吉元 裕 41
ページが続くこと/富山直子 46 老人のモデル/小網恵子 48
利き手・利き足/松原みえ 50
■ 詩集紹介 佐藤正子詩集『同い年』を読んで/小網恵子 62
表紙・吉元 裕
よく見える眼/小網恵子
島から島へ似顔絵師は旅を続けている。彼の似顔絵は評判がよく馴
染みの地を二、三年に一度訪れると、また描いてくれよと頼まれる。
確かに彼は腕がいい。しかし皆が彼の絵を気に入っているのは、実
は少しだけ依頼した人の期待に沿うようにしているから。描いてい
る途中で、この眼を少し大きく、鉤鼻をゆるやかに、と言葉に出せ
ない気持ちが伝わってくる。視界の端を蝶が横切るわずかな震えを
感じとるように筆をちょっと動かしてしまう。それは似顔絵師とし
てやってはいけないと肝に銘じているのに。
訪ねてきたこの島でも彼はひっきりなしに仕事を頼まれる。野菜を
煮込んだ夕食を終えて黒ぶどうをつまんでいると、宿屋の主人が声
をかけた。
「わしの絵を頼みたい、そのぅ、よく見える眼にしてくれんかの」
よく見える眼…重い瞼の下の到底よく見えているとは思えない、そ
の濁った眼に加筆してくれ、とこの男は言葉に出した。似顔絵師は
自分の後ろめたさをはっきりと指摘されたようでドキリとした。
かつて似顔絵師の仕事は、島の長に頼まれて仕事や婚姻などで島を
出て行く者たちの顔を写し取ることだった。似顔絵のやりとりをし
て男も女も舟に乗った。今でこそ自由に他の島へ渡れるようになっ
たが、似顔絵とは心映えを写すもの。皆、描いてもらった絵を日に
幾度も見る。自分と向かい合う。
よく見える眼。たしかに男の眼に光が感じられない。じっと男を見
つめると視線を外して俯いたまま出ていく。昨年妻を亡くしたとい
う。そのせいか宿の壁も薄汚れ、食事の皿数も減った。翌朝も眼を
伏せたまま似顔絵師を送り出し、帰ってくると夕食を調えた。男の
背は明らかに曲がってきている。
島から旅立つ日が近づいて、似顔絵師は男の絵を描き始めた。瞼の
下、黒ぶどうの光を眼に与えた。
似顔絵師はその日を境に客の注文に応じるようになった。舟形の口
にしときました、鼻は小魚の眼一つ分長めですね、と。客の注文は
エスカレートしてくる。
似顔絵師の夜は長い。修正した鼻、眼、口、耳が彼の周りをめぐる。
折れ釘の眉が工具箱から次々と零れ落ちる。寄せてくる小波の一つ
一つが鰐の口になる。ぶどう棚で黒ぶどうがじっとこちらを窺って
いる。
童話のような、民話のような作品ですが、「似顔絵師」とは私たち自身ではないのか、という問いかけに作者の意図があるように思います。「やってはいけないと肝に銘じているのに」やってしまう数々の小さな過ち。「自分の後ろめたさをはっきりと指摘されたようでドキリとし」ながらも止められない私たちの数々の習性。そしていつの間にか自制心を薄めて「注文に応じるようになっ」てしまった私たち。それに対して「寄せてくる小波の一つ/一つが鰐の口にな」り、「ぶどう棚で黒ぶどうがじっとこちらを窺って/いる」。そんな構図が浮かんできました。耳が痛い作品です。
○詩誌『詩区 かつしか』98号 |
2007.10.28 東京都葛飾区 池澤秀和氏方連絡先 非売品 |
<目次>
美しい村/工藤憲治 歩いている/内藤セツコ
かなしみが/石川逸子 かぜを頭に ながれを胸に・・・/池澤秀和
もっと空間が欲しい亀/堀越睦子 どこにいるの/青山晴江
人間九十五 詩に関する雑記/まつだひでお 鬼/小川哲史
絆/小林徳明 面影(二)/池沢京子
ない/しま・ようこ 初宮詣り/みゆき杏子
歩いている/内藤セツコ
歩いている
子どもの手を引いて
犬を連れて
仲間と笑いながら
楽しそうに
歩いている
乳母車を押しながら
杖をつきながら
あちらからも
こちらからも
声高に話しながら
歩いていく
車が走っている
自転車も走っている
電車も
スカイライナーも
前に 前に
走ってくる
いつもと変らない
其(そ)の儘(まま)で
一歩踏み出た宇宙
無重力の世界の中に
シャガールの絵のように
踊るように入っていく
さまざまな思い其(そ)の儘(まま)に
後ろの誰も気づかない
その時まで
笑ったままで 話している其のままで
宇宙飛行士のように
声の無い世界を歩いていく
「仲間と笑いながら/楽しそうに/歩いている」、「あちらからも/こちらからも/声高に話しながら/歩いていく」。そして「車が」「自転車も」「電車も」「スカイライナーも」「走ってくる」。まるでメルヘンの世界のようですが、実は違います。「無重力の世界の中に/シャガールの絵のように/踊るように入っていく」のですが、そこは「一歩踏み出た宇宙」であり「声の無い世界」。これは私たち全員がいずれ迎える死後の世界を謂っているように思います。常に「前に 前に/走って」行きながらも、「後ろの誰も気づかない/その時まで/笑ったままで 話している其のままで」到達する世界。しかし、この作品には暗さも影も微塵にありません。作者の達観した死生観がそう感じさせてくれるようです。
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