きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2009.12.7 神奈川県湯河原町・幕山 |
2010.1.3(日)
文芸評論家・詩人の遠丸立さんが亡くなったと奥様の詩人・貞松瑩子さんから電話がありました。暮の30日に心筋梗塞でとのこと。83歳。数年前の貞松さんのコンサートでお会いしたのが最後となりました。遺影はそのときに私が撮ったものを使っているとのことで、恐縮しています。葬儀は明日だそうですが、近親者のみとのことで、私は7日に武蔵野書房社主とともに弔問に訪れることにしました。
遠丸立さんの著作は多くいただいており、拙HPでは詩集『童話』、『一歩二歩三歩…五歩六歩』、評論・エッセイ集『死者よ語れ 戦争と文学』、『永遠と不老不死』、『野川物語』、『埋もれた詩人の肖像』を紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、どんな仕事をなさってきたか、よろしかったらご覧になってください。
遠丸立さんのご冥福をお祈りしたいます。
○永井ますみ氏詩集『愛のかたち』 21世紀詩人叢書・第U期37 |
2009.12.10
東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税 |
<目次>
繭の中での暮らしごっこ 6 愛のかたち・ほたる 8
愛のかたち・おふくろ 10 愛のかたち・白い塊 12
愛のかたち・帰還 14 愛のかたち・ほんとうの帰還 16
埴生の宿 18 潮を汲む 21
墓ほり 24 黒いアゲハチョウ 26
木の下の闇の 29 微笑んだ木 32
ボクは谷底にいて 35 連凧の風景 38
日本のネギ 41 いちじく 44
木と土の関係 46 プラタナスの憂鬱 49
はがゆい情景 52 新聞の効用 54
いやしを 56 ここで給油しよう 58
ダム・カプセル 61 ハーモニカを吹く少年 64
小さな人の国では 66 窓辺にて 68
花を活ける 74 寄宿舎の裏手ヘ 76
バランス 78 無い記憶 80
標本 82 鉢の木 84
腐敗の儀式 86 未来の兵士たち 88
神の畑 91 創世記 94
解説 じきはらひろみち 99 あとがき 104
愛のかたち・白い塊
「向こうの世界に戻りたいかえ」と老婆が聞いた。帰りたい?
どういうこと
だろう。音声が意味を持つまでに随分の時間を要した。押せばどこまでも押
され、ぐんにゃりと戻ってくる羽二重餅のような老婆の肌が、私の脳味噌ま
でふにゃふにゃにしているようだった。
答えられぬままに更に幾夜かを過ごした。白い塊のまま、部屋の隅に転がさ
れて、昼にまどろみ夜に謡う暮らし。闇夜には決まって、かつての私のよう
に、茫然と窓辺に佇む人の姿があるのだった。
訪れる魂の数があまりにも多いので、狭い部屋の中は白い塊で足の踏み場も
なくなっていた。ふにゃふにゃ突起を伸ばしながら、いつまでも自らを決め
ようとしない塊たち。老婆の手には余る数の魂たち。「私にも、何らかの役
割を下さい」と声をあげた。
「何かになろうとするでない」 老婆はその歯のない口を大きく開けて、珍し
く激した。彼女は魂たちのすべてを、抱えきれなくなって激したのだろうか。
そうではない、わたしの役に立とうという目的意識や、数をこなそうとする
効率主義を指摘したのだった。
私は今まで、何にでも名前をつけることで、本質が分かったと思ってきた。
そして傲慢にも、生きものや思想にさえ、つけた名前に従わせようとしてき
た。鶏小屋には鶏が、犬小屋には犬がいると思っていた。終日、彼等は鶏の
あるいは犬の生を生きていると思っていた。
傾いた小屋の、もの言いたげな小動物らは、帰りたくない人間の、終の姿の
ように思えた。それも良いではないか。何というでもない塊のまま今を生き、
何という名もつけられず干涸びていく。それも良いのではないか。
詩集としては昨年に引き続く第9詩集になるようです。タイトルの「愛のかたち」は同名のシリーズから採っていると思います。ここではそのシリーズから真ん中にあたる3作目を紹介してみました。〈老婆〉と、彼女のもとで〈白い塊〉となった〈私〉、そして〈訪れる魂〉たちの物語です。前後は詩集を手に取って読んでもらいたいのですが、単独の詩としても読めると思います。〈わたしの役に立とうという目的意識や、数をこなそうとする/効率主義を指摘したのだった〉というフレーズがこの一連の詩の核心のように思います。また、第5連の〈私は今まで、何にでも名前をつけることで、本質が分かったと思ってきた〉という言葉も重要ですね。科学は名づけと云っても過言ではないでしょう。
本詩集中の「ダム・カプセル」はすでに拙HPで紹介しています。ハイパーリンクを張っておきましたので、合わせて永井ますみ詩の世界をお愉しみください。
○高鶴礼子氏詩集『曙光』 新世紀の詩人1000行(1) |
2009.12.25 東京都北区 視点社刊 1500円+税 |
<目次>
T
曙光 6 瞬く 10 永遠 14
氾濫 18 水の崩落 20
U
異史異聞 26 予兆 28 シチュアシオン 30
セミパラチンスクの少年 36 ウラニウムふるふるお庭で 42
V
橋 52 祈り 56 悼――いちめんの椿 60
W
そのひとは 72 SHOUT 76 lie
lay lain 80
ゆたかな晩餐 82 七十五歳の私へ(セブンティ・ファイブ・センチメンタル) 86
著者略歴 88
装幀 滝川一雄
セブンティ・ファイブ・センチメンタル
七十五歳の私へ
窓から見える槐(えんじゅ)の樹に
今年もツバメたちは来ましたか
せせらぎ横の桜並木は
時々すうっと毛虫を垂らして
みんなをギャッと言わせてますか
魚八のおばちゃんを困らせていた
タマの子どもたちは
元気ですか
町内掃除の人手不足、解消しましたか
フリマはガッツで値切ってますか
カボチャをパカッと切れますか
すぐ怒るクセ直りましたか
坂井のおじさん変わりないですか
今でも人見知りしてますか
憲法九条は健在ですか
日本はまだありますか
夢は
叶いましたか
川柳の世界では故・時実新子氏に師事した著名な方で、川柳集も2冊お持ちのようですが、詩集は初めての上梓です。ご出版おめでとうございます。Vの「悼――いちめんの椿」は時実新子氏への追悼詩でした。ここでは詩集の最後に置かれた作品を紹介してみましたが、〈七十五歳の私〉は20年後の自分と採ってよいと思います。20年後の〈槐の樹〉、〈桜並木〉とともに〈魚八のおばちゃん〉や〈坂井のおじさん〉、そして〈憲法九条〉へと流れる様は見事ですね。さらに〈日本はまだありますか〉というフレーズにはドキリとさせられました。それにしても20年後の私たちに〈夢は/叶〉っているのでしょうか。今後のご活躍を祈念しています。
○詩誌『飛揚』50号 |
2010.1.8
東京都北区 飛揚同人・葵生川玲氏発行 800円+税 |
<目次>
特集・没後30年黒田三郎の世界
●作品
こぼれる水――みもとけいこ 4 一本の街路樹――米川 征 6
愛――今岡貴江 8 繭を噛む――橘田活子 10
大きな森を背景にして――土井敦夫 12 水の記憶――清水マサ 14
ユキヤナギ――北村 真 16 冬の研究――葵生川玲 19
広島の顔――伏木田土美 22 みぞれ――鮮 一孝 25
●特集・没後30年黒田三郎の世界 作品
黒い蝙蝠傘のこと――青島洋子 29 かみふうせん――北村 真 32
●特集・没後30年黒田三郎の世界 エッセイ
黒田三郎の詩に思う――くにさだきみ 34
●特集・没後30年黒田三郎の世界 アンケート 36
津坂治男 小海永二 茂山忠茂 嶋岡 農 清水マサ くにさだきみ 佐古祐二 大井康暢 鮮 一孝 浅井 薫 今岡貴江 土井敦夫 上手 宰 青島洋子 葵生川玲 北村 真 みもとけいこ 橘田活子 朝倉 勇 伏木田土美 米川 征 南浜伊作 沖長ルミ子 小森陽一
●編集後記 62 ●同人刊行詩書 2 ●同人住所録 63 ●写真説明 61
装幀・レイアウト――滝川一雄
かみふうせん/北村
真
くらやみのなかから
みつけた
あかやみどりやむらさき
いろあせたかみふうせん
ところどころ
ちよがみがはりつけてある
〈 美しい願い事のように 〉
はじけるまで
むちゅうにうちあげた
あなからいきをふきこんでも
ふくらまなくなった
〈 美しい願い事のように 〉
やぶれてしまったのに
たいせつにしまってある
へしゃげたかみふうせん
〈 〉内は、黒田三郎「紙風船」より
今号は黒田三郎さんの没後30年記念号となっていました。紹介した詩はその関連作品です。「紙風船」はフォークグループ“赤い鳥”が唄ったことでも有名で、たしかCMソングにもなっていたと思います。人口に膾炙した詩ですが参考までに原詩も記載しておきます。
紙風船/黒田三郎
落ちてきたら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
紹介した作品「かみふうせん」の〈 美しい願い事のように 〉は第2連の最後から採られていることが分かります。最終連の〈やぶれてしまったのに/たいせつにしまってある/へしゃげたかみふうせん〉というフレーズは、私たちフォークソング世代の共通の認識かもしれません。〈くらやみのなかから/みつけた〉〈へしゃげたかみふうせん〉を後生大事に取っておいて、いまだに詩らしきものを書いている私には、密かな応援歌に感じた作品です。