きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2010.1.13 静岡県函南町・丹那断層 |
2010.2.12(金)
その1
クリント・イーストウッド監督の2009年米国映画「インビクタス/負けざる者たち」を観てきました。アパルトヘイト政策廃止後の南アフリカ共和国で初の黒人大統領となったネルソン・マンデラの物語です。27年間の牢獄生活から解放されて大統領になったわけですが、黒人と白人の融和のために、弱小のワールドカップ・ラグビーチーム「スプリングボクス」を立て直すという斬新な手法が感動的でした。マンデラ氏はノーベル平和賞も受賞しています。この映画はフィクションでなく実話というのが凄い。マンデラ氏は現在92歳とか。ラグビーという球技のおもしろさも伝わってきましたし、何より対立する敵をどのように味方にするか、教えられることの多い映画でした。
○浅野章子氏詩集『片付けられない』 |
2010.2.1 横浜市南区 成功社刊 2000円 |
<目次>
苫屋の烟
横浜港…8 鶴の骨笛…10
苫屋の烟…14 骨の形…18
メモリアル切手…20 すきやき…24
坂の途中の家…28 熱帯夜…32
不運な雑草…34
夜更けの金魚
食卓…38 手袋…42
深いひかり…46 祈祷…50
要介護−4(夢)…54 つれあう…58
メロン…62 猫が早くと呼んでいる…66
夜更けの金魚…70
輪島寸感
貧しい食事…74 輪島寸感…78
菜の花の…80
記念写真
匍匐の記憶…84 歳月…88
Long Long Time Ago…92 記念写真…96
青いトマト…100
つるが折れない
わたしは何をすればいいのですか…104. 梯形の空…106
片付けられない…108. おひとりさま…112
涙線不通…116. 残像…120
昼ごろまで…122. 夢の中のようだ…124
夕暮れの手紙…128. 真夜中の子守歌…130
つるが折れない…134. Just the Right Shoe…138
あとがき
片付けられない
病院の顔見知りの看護師が
「手記を書いて下さい」
「何の」
「余命です」
「あなたはあと半年ぐらいなのです」
「でも先生からは何にも聞いてないし」
「あなたは死を書いているでしょう」
「わたしは詩を書いているんですけど」
山積みの詩集 DVD ネガ アルバム
夢見た集積 片付けられない
「アリコ」「アフラック」生涯保証 80才まで
有料老人ホーム 証券会社 DM 新聞の切り抜き
パンフレット 請求書 書き損じた詩の断片
片付けても 片付けても 紙の山 着れるのに着ない服
途方に暮れる
むかし暮らした古い家から影絵のように
「手伝ってやるよ」
むこうの世界にくらす夫が助けに来た
電話がなった
「手記書けましたか」
「私は何の告知も受けてません」
あの女はあきれたように言うのだ
「だから書いておくのですよ」
ケイタイのメロディーに目が覚めた
「起こしちゃった?」
7冊目の詩集になるようです。ここではタイトルポエムを紹介してみました。〈「あなたは死を書いているでしょう」/「わたしは詩を書いているんですけど」〉という掛け合いがおもしろいと思います。それにしても〈夢見た集積 片付けられない〉というのはよく分かります。〈途方に暮れる〉のは私も実感です。
本詩集中の「坂の途中の家」、「不運な雑草」、「手袋」、「記念写真」、「真夜中の子守歌」はすでに拙HPで紹介しています。一部、初出から改訂されている作品もありますがハイパーリンクを張っておきました。合わせて浅野章子詩の世界をお愉しみください。
○詩誌『触』2号 |
2010.1.31横浜市西区 500円 坂本くにを氏代表・触の会発行 |
<目次>
詩
空吹く風に…木村 和 2 ある少年の序章…うめだけんさく 4
雲の上・他一篇…木村雅美 6 折れた夜…坂本くにを 8
ヨコハマ・さくら三態…篠原あや 10 二行詩…坂本くにを 12
エッセイ
塵のたどる風景より…山崎 森 14 ネパール・野毛…坂本くにを 16
短歌 八十路の日々に…志崎 純 18
俳句
柚子…福田美鈴 20 新年・春夏秋冬…須田 明 20
今年の冬…植木肖太郎 20 流水派…木村雅美 磯山柴水 吉田由美 20
静けさや…坂本くにを 21
写真…篠原あや展・京浜の詩人たち 22
詩誌・詩集評 砂時計…木村雅美 24
つちおと…坂本くにを 木村雅美 26
表紙写真「精霊たちの宴」 谷内庄司
空吹く風に/木村 和
――あの日から64年が経ちました
ストトンストトンと戸を叩く
主(ぬし)さん来たかと出てみれば♪
いきなりオバマ米国大統領は言い放ちました
「核兵器を使用した唯一の核保有国として
行動への道義的責任がある」
その「道義的」というキレイな文句を
受け容れられるか答えてほしいのです
地球をとりまくぎっしりの眼(まなこ)たちよ
その眼たちとは一九四五年八月の六日と九日
広島と長崎から異種原子爆弾の実験台となって
天に吸い上げられた人びとがつくる青空です
それは天から見た地上の地獄と
地獄で殺される者たちが見上げる天への想い
64年のあいだそれらを融合し地球をめぐり続ける
透明な眼たちのまぎれもない青空であります
さらにオバマ氏の核廃絶への決意にたいして
その後ノーベル平和賞が授けられたことを
素直に称賛できるのか答えてほしいのです
広島・長崎の原爆「跡地」を見ていない人の
キレイ事を受け容れられるのか
この世にあの世をつくりだした黒い原子雲に
あの日吸い上げられたぎっしりの眼たちよ
風に乗って地球のあちこちくまなく移動し
かたちを変えて声もなく人びとの暮らしや
ものの考え方をみちびいたぎっしりの眼たちよ
未来の人類が本当に信頼に値する生きものなのか
どうか教えてほしいのです
うたの一節はこう終わるのですから――
空吹く風にだまされて
月に見られて恥ずかしやストトンストトン♪
今号の巻頭作品です。〈ストトンストトン♪〉というのは、大正末期に流行した俗曲「ストトン節」のようです。調子のよい曲だったようですが、〈答えてほしい〉内容はかなり手厳しいと云えましょう。特に〈未来の人類が本当に信頼に値する生きものなのか/どうか教えてほしいのです〉というフレーズには考えさせられました。
○詩誌『天蚕糸』創刊号 |
2010.2.20
富山県下新川郡入善町 田中勲氏発行 500円 |
<目次>
詩 領土、滅びてもなを/田中勲 2
記憶のレプリカ/田中勲 4
●連載第二回 富山の戦後詩史の流れの中で −高島高と高島順吾/田中勲 6
編集後記 12
記憶のレプリカ/田中勲
堅い胡桃を割って
手のひらの中で広がる果肉のメロディ
遠い日の風景が、誰かの手によって
耳の底で虫になる
記憶がそうささやいている
うっそうとした「さわ」には榎木、ハンノキ、ウツキ、ムラサキシキブの類
蔓性のアケビヘクソカズラ、そしてモリオアオガエル、トミヨ、
風は太古の記憶を反復している
一人で深い森をさまよい
書き連ねる動植物の命名者についてかんがえていると、
いきなり記憶の縁を滑り落ちる、落ちていく
悲惨な男の影になんか重なりたくない、
とんでもない悲惨な男の影の幽霊になるよりは、
虫でいい、無視、無私、夢死でいい、と痛い目覚めの
夢は、麻縄のハンモックの反目である
新しい詩誌の創刊です、おめでとうございます。誌名は“てぐす”と読むそうですが、命名に特に意味はなく、音と文字のおもしろさから名づけたとのことでした。田中さんは詩誌『えきまえ』を発行していましたが、2003年6月の43号を終刊号とし、本誌を新たに発行することにしたとあとがきにありました。
紹介した詩は〈無視、無私、夢死〉、〈ハンモックの反目〉と語呂合わせのおもしろさもありますが、内容はかなり深いと云えるでしょう。〈風は太古の記憶を反復している〉などのフレーズからは新鮮なイメージを喚起されました。今後のご発展を祈念しています。